このことがわかったのが、先述したVXの使用である。それがマレーシアにおいて使用され、しかもインドネシア人とベトナム人の女性を使って、北朝鮮の行為であることを隠蔽しようとしたのである。仮にこれを中国やマカオで行えば、中国の報復を受けるであろうが、マレーシアも北朝鮮と極めて友好的な国である。

 もし核やミサイルが使用されるとなれば、日本や韓国がまず標的になるであろう。核が輸出され、中東のテロリストに渡れば、米国が危険にさらされるであろう。

 また、仮に今、日本でテロが起きるとすれば、イスラム過激派よりも北朝鮮による行為を心配する必要があるのかもしれない。現に多くの日本人が北朝鮮に拉致されている。今回の北朝鮮によるVXの使用はこうしたリスクを改めて認識させるものである。

 自国が滅びるくらいなら、世界もろとも……と自暴自棄になった指導者には、抑止力という概念は意味を持たない。日本は北朝鮮の現実的な脅威を認識し、これにどう備えるか真剣に検討するべき時が来ているのではないか。

北朝鮮の核・ミサイル開発は
従来の発想では止められない

 これまで北朝鮮の核ミサイル開発を阻止するため、中国を議長国とする6者協議を行い、国連安保理決議の制裁決議を再三強化するとともに、日米韓を中心に一層強い措置を講じてきた。しかし、北朝鮮は長年の制裁によってこうした措置に慣れてきており、中国の非協力もあって、その効果は限定的であった。

 今後、中国の石炭輸入禁止などの措置はそれなりの効果はあろうが、北朝鮮の核ミサイル開発は、その効果を上回る速度で進んでおり、米国のトランプ大統領も、「遅すぎるかもしれない」「オバマ政権が対処しておくべきであった」と述べている。

 北朝鮮の核ミサイル開発を抑止するためには、金正恩の行動を止めるしかないであろう。これを日米韓でやろうとすれば非常に大きなリスクを伴う。中国が動くのが最もリスクが少ないが、中国は北朝鮮の混乱や崩壊を危惧して最後まで追い詰めることには躊躇してきた。

 ただ、トランプ政権の誕生後はこれまでよりは動くようになったと思う。中国の懸念を除きつつ、行動をとらせるためにはより率直な対話が必要である。米国ティラーソン国務長官の日中韓訪問が実り多いものとなることを期待する。

(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)