「知的教養」が予測力を高める

野坂 そういえば、孫さんは、何かシステム障害が起こったときに、自ら現場に入って一次情報をとっていたという話を聞いたことがあります。

前田 鎌利(Kamari Maeda)
株式会社 固 代表取締役。一般社団法人 継未 代表理事。1973年、福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、光通信に就職。2000年にジェイフォンに転職して以降、ボーダフォン、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)と17年にわたり移動体通信事業に従事。2010年に孫正義社長(現会長)の後継者育成機関であるソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度年間総合第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして幾多の事業提案を承認されたほか、孫社長のプレゼン資料づくりも数多く担当した。その後、ソフトバンク子会社の社外取締役や、ソフトバンク社内認定講師(プレゼンテーション)として活躍。著者のプレゼンテーション術を実施した部署で、決裁スピードが1.5~2倍になることが実証された。2013年12月にソフトバンクを退社、独立。ソフトバンク、ヤフー、ベネッセコーポレーション、ソニー、Jリーグ、大手鉄道会社、大手銀行などのプレゼンテーション講師を歴任するほか、全国でプレゼンテーション・スクールを展開している。著書に『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』(以上、ダイヤモンド社)がある。サイバー大学客員講師。

前田 はい。その話は真実です。障害が起きたとき、孫さんはアポイントがずっと詰まっていたんですけど、すべてのアポイントをキャンセルして、障害が起こっている現場に来たんです。

 孫さんはそこに静かに座り、モニターを見ながら丸一日、ずっと張り付いていました。いろいろな情報をそこで吸収して、ひたすら指示を出す。どこか別の部屋にいて報告を待つのではなく、自分で情報を取りにいくのが孫さんです。

野坂 すごいことだと思います。障害は時間との勝負で、とても緊迫しますよね。ところが、報告をする側は、“偉い人”に報告をしなければいけないわけですから、この期に及んで「作文」を考えてしまう。その「作文」の過程で、重要なファクトが見落とされたりするんですよね。

 これをやられてしまうと、判断ができなくなります。単純な過失がなかったことにされているんだけど、実はそれが原因だったりする。だから孫さんが現場に入って、黙って情報を仕入れているというのは、ものすごい経験値のなせる業だと思います。すべてわかっているんですよね。だから、現地現物を徹底される。

前田 今まで、痛い思いをたくさんされてきたからでしょうね。

野坂 そういうことだと思います。だからこそ、行動が常に徹底されてるんでしょう。迫力を感じますよ。

前田 あと、孫さんがすごいなと感じるのは、知的教養の量です。政治、経済、社会、国際問題など、「仕事以外のこと」に関する知的教養の量がすごい。「現地現物」で的確な情報を仕入れることができたり、「過去を見て未来を語る」ということができたりするのは、「仕事以外のこと」に関する興味のたまものだと思います。起こりうる未来を予測するためには、ある程度の知的教養がないと、手が打てません。

野坂 共感します。私たちは、「現実世界」という空間の中に生きているわけですからね。その空間の中で何が起こっているのか、広く学んでおかなければなりません。自分の仕事の範囲という狭い世界だけ見ていても、何も見えてきませんよ。

前田 そうですね。たとえば、直近でいうと2020年に東京オリンピックがある。そのオリンピックに向けて、私たちが何をしなければいけないか。オリンピックが1週間後に近づいてきてから考えたのでは遅いわけです。

 オリンピックはたくさん人が来るだろう。じゃあ設備投資をして、たくさんの方がスマートフォンを利用できるようにしなければいけない。それに対応できないと、東京中が「圏外」になって、大惨事が起きる。そのような最低限の予測をするためには、やはり最低限の知的教養が必要ですよね。

 これはすごく大事なことだと考えています。忙しい中ではどうしても、急に落ちてきた課題や、なかなか進まない課題をやっつけることに一生懸命になってしまって、未来のために自己啓発ができていない人はとても多い。いまはオリンピックを話題にしましたが、それこそあらゆる分野で知っておくべき知識がある。にもかかわらず、近視眼的な情報収集に終始しているような気がして。そこにジレンマに感じます。

野坂 そうですね。私は、サラリーマンはある種「応用社会科学」をやっていると考えればいいと思っています。社会の成り立ちを大きく理解しておかないと、やはり間違える。現状、日本の社会は、効率だけを求めるがために、「すぐに役立つ情報」ばかり求めているように思います。人間は、「自然」と「社会」の中で生きているわけですから、「この世のこと」をもっと勉強しないと、仕事の中でも大切な部分を見失うと考えています。

(第3回に続く)