リーズ累計11万部を突破した『社内プレゼンの資料作成術』の著者・前田鎌利氏と、格安スマホや超高速モバイルネットを提供するUQコミュニケーションズの野坂章雄社長による対談の第2回。対談は、前田氏が右腕を務めた孫正義氏の話題に。前田氏が孫氏の考え方の中で最も影響を受けた部分とは? また、野坂氏と孫氏に共通する「未来」の見据え方のプロセスとは?

30年は「誤差」の範囲。孫正義氏の思考法

野坂章雄(のざか・あきお)
UQコミュニケーションズ株式会社代表取締役社長。1956年島根県生まれ。1978年東京大学法学部卒業後、国際電信電話株式会社(現KDDI)入社。KDDIアメリカ株式会社上級副社長、KDDI株式会社中国総代表、KDDI株式会社執行役員などを歴任後、2010年にUQコミュニケーションズ株式会社代表取締役社長就任。米国公認会計士。米国法学修士。

野坂章雄さん(以下、野坂) 前田さんは以前ソフトバンクにお勤めで、孫正義さんのプレゼン資料づくりを数多く担当していたんですよね。孫さんを身近で見てきて、すごいと思ったのはどのような部分ですか。

前田鎌利さん(以下、前田) 一番強烈だったのは、「300年先を見る」という壮大な発想です。

 ソフトバンクは2010年に創業30年を迎え、次の30年も企業理念に沿って「世界の人々から最も必要とされる企業グループ」を目指すという方向性をまとめた「新30年ビジョン」を定めました。新30年ビジョンの発表の際、孫さんは「迷ったら遠くを見るんだ。300年先を見れば、30年先は予測しやすくなる」とおっしゃったんです。

野坂 ふつうは「30年先を予測するのが難しいんだから、300年先なんてまったく見えないよ」と思いますよね。

前田 そうですよね。でも孫さんは違うんです。「過去300年から今に至るまで、どういうふうに人類が生きてきたのかという過去を見れば、今の位置づけが明確になり、未来も予想できる。未来を見るにはまず、過去を見よう。すると、300年先の予測も闇雲なものではなくなる」とおっしゃったんです。

 これは御社の基本方針を定めた「UQスピリット」の一節にもあることですよね?

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【UQスピリット 第6条(一部抜粋)】
過去どうだったか、今はどのような経緯でここに至ったか、その結果としての現在がどうなのかを考えると、一歩先が見えるようになる。
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野坂 確かに!(笑) だけど、僕には、300年も先を見るという発想はありませんでしたね。過去から未来を見るというプロセスは同じでも、スケールがまったく違う。まいった、という感じです。

前田 でも、本質はここにあるんでしょうね。「未来を見るには、過去を見る」というところに。

 歴史は非連続的に進むとはいえ、大きなスパンで見たら大きな方向性はわかると思うんです。近視眼的に見ると、一寸先のこともわからないけれど、大きな流れをとらえれば、未来も見えてくるんじゃないでしょうか? 「新30年ビジョン」というプログラムの中で、孫さんはおそらく、「未来を見るには、こうするんだよ」というメッセージを社員に伝えていたように思います。

野坂 なるほど。事細かにいうのではなく、大きなプロジェクトの中で自然に示して見せたわけですね。

前田 そういうことかな、と思っています。このときに、私なりに考えさせられたことは、いろんな場面で応用させていただいています。

 たとえば、私たちは、普段の仕事をする中で、日々、意思決定をしなければなりません。意思決定はもちろん、経営理念という軸をもって進めていくわけですが、経営理念の延長線上ではなく、もっとクリエイティブなことをやろう、何か新しいことをやろうということも出てくるでしょう。

 そのときには、闇雲に「やる」「やらない」を決めるのではなく、過去、ソフトバンクは何をやってきたのかというところに立ち返って考えればいい。過去にやってきたことのスピリットのようなものを把握できれば、「こうすればいいんじゃないか」というのが見えてくるんです。

野坂 なるほど。ところで、「新30年ビジョン」が発表されてから7年になります。ここまでの7年間は、ビジョン通りに進んでいるんですか?

前田 そうですね。今は在職してないのですが、私が見る限りは、おおむねビジョンどおりに進んでいると思います。なかには、想像を超えているものもあります。

野坂 おお、そうですか。

前田 たとえば、「新30年ビジョン」の中にはロボットが入っています。しかし2010年当時は、「ロボットをやろう」という風土は、実際にはまだなかったんですよね。ソフトバンクはいろんな企業とM&Aをしたり、ジョイントベンチャーを組んだりして成長してきた企業なので、プロダクトを自社でつくる文化はなかったんです。

 しかし2014年、「Pepper」が生まれ、世に出ました。これは「新30年ビジョン」を実現させようと動いていった一つの事例だと思います。これは、想像を超えるスピードですよね。正直、驚きましたよ。

野坂 Pepperの登場以降、AIやロボットはぐっと身近なものになりましたよね。でも、それだけのスピードで事業を進めるために、孫さんは現場に「いつまでにやるように」とかなり指示を出すんですか?

前田 それが、必ずしもそうではないんです。もちろん、Pepperのときのように事業化が決まったら時間を区切って追い込んでいきます。だけど、「新30年ビジョン」に載せて事業を「いつまでにやる」と公表はしなかった。つまり、孫さんはトップとして「登る山」を示すにとどめ、登り方は現場に任せるという考え方なのだと思います。

野坂 確かに、それは正しいのかもしれない。「どうなった? どうなった?」と逐一せっつかれても、げんなりしてしまいますよね。

前田 多分、孫さんにとっては2年や3年はすべて「誤差」。そういう時間軸で世の中を見てるんだと思います。そして、「時期が来た」となると一気呵成に現場を動かしていく。だけど、今できないことは無理にやろうとはしない。

野坂 なるほど。

前田 300年先を見て、「今自分ができることはこれだ。これは自分が生きているうちにはできない。だから後継者にやってもらう。今のうちに後継者を育成するんだ」という思考で、後継者を育成する。そして「次の世代ではこういうふうにやってもらいたい」と継いでいく。この考え方は、僕の人生観にも大きな影響を与えています。

 孫さんですら、人生でできることは限られてるんだから、僕が生きているうちになせることなんて、たかが知れているんです。でも300年というスパンで見れば、僕が死んだ後も、僕の遺志を継いで、僕がやりたかったことをやってくれる人がいるかもしれない。

 そう思うと、100年後、200年後のスパンで、自分がやりたいことが考えられるようになったんです。会社員でいるうちはあまりピンと来なかったんですけど、書家として独立した今になって、孫さんのモノの考え方の一端がようやくわかってきたような気がしますね。経営者の立場になって、会社としてどう次の未来へつなげるかを考えるようになったからです。