外へ出ると、ワインレッドのワゴン車が路上で待っていた。
「あれ、運転手さんが待っててくれたんですか。それは申し訳ない」
岩本の声に、隆嗣が淡々と答える。
「それが彼の仕事ですから」
隆嗣のそんな冷たい横顔を見て、幸一は再び微かな嫌悪を感じた。
車は黄浦江の河底の下を貫いて作られたトンネルを潜り抜けて西岸へ、浦西と呼ばれるもともとの上海市街地区へと移動した。坂を上りビルの合間を縫って設けられている高架道路へ進入すると、一瞬東京の首都高を走っているような錯覚に陥ったが、ライトアップされた白亜の宮殿のような建物が見えてきて、幸一は異国情緒を掻き立てられた。
「あれは?」
「上海展覧中心。昔、ソ連と中国とが蜜月時代だった頃に、友好の証という名目で建てられたロシア建築だ。しかし、そのソヴィエト連邦も今はなくなり、コミュニストの記念碑も、観光地に様変わりしているよ」
皮肉な言い回しで、隆嗣が幸一の問いに答える。
高架道路を降りた車は、上海の中心を東西に貫く主要幹線の一つである延安路の広い車道に出た。大きなオフィスビルの脇にネオンが立ち並ぶ路地があり、そこでワゴン車は停車した。足裏マッサージやピザ屋、スポーツバーに雲南風麺店などの店々が明かりを提供しており、路上は昼のように明るかった。
さすがに2月の寒さだ、3人は白い息を吐き、肩をすぼめながら通りの奥へと歩いて行った。黒地に赤い文字で『クラブ・かおり』と書かれた看板の前で立ち止まり、隆嗣が重厚なチークの扉に手をかけて引くと、ドアに付けられた鈴がカランカランと音を発して来客を店内に知らせる。
3人が店に足を踏み入れる前から、若い女性たちが唱和する「いらっしゃいませー」という明るい声が響いてきた。入って正面には高級酒のボトルが整然と並べられたガラス戸棚があり、その脇を抜けると、ミニスカート姿の女性が10名ほど並んで出迎えてくれた。
店内は濃紺を基調とした絨毯と壁で、そこに茶色の革ソファが並んでいる。落ち着いて、いかにも高級そうな店だ。右手にカウンターがあり、左手にボックスが4つ。席の半分を客が占めていたが、隆嗣は真っ直ぐに一番奥のボックスへ向かい、二人の客を座らせると、「ちょっと失礼します」と言って、カウンターの方へ歩いていった。
さらに奥へと続く通路の方から、「ガハハハ」という楽しげな歓声とともにカラオケのイントロが漏れてくる。