お春ママは、手を叩いて女の子たちを呼び寄せた。
やって来たのは、制服となっているノースリーブに膝上丈の装いをしたスタイルの良い女性たちだ。冬らしからぬ格好に寒気を覚えそうだが、店内は暖房が十分に効いていた。
水割りの杯を重ねて調子を上げてきた岩本は、カラオケでサザンオールスターズを熱唱し、怪しげな日本語を明るく話す隣の娘と他愛もない冗談話に興じていた。隆嗣は静かにグラスを口に運び、煙草を燻らせながら、時折お春ママと言葉を交わしている。
顔を赤らめた岩本が、幸一にマイクを突き出した。
「山中君、君も一曲唄え。中国語の歌でも聞かせてくれ」
「はあ……。伊藤さんの前で中国語の歌では気が引けますから、マレーシアで覚えた英語の歌でもいいですか?」
「いいじゃないか、唄えよ」
幸一は脇の女性から渡されたカラオケのリモコンを繰って曲を探してオーダーした。
寂しげなピアノの音色でイントロが始まった、幸一が唄い出す。
マレーシア駐在の頃、船会社のエージェントでジゴロを自認していた洒落男の友人がカラオケの十八番にしていた歌だ。失った恋人を想い焦がれるバラードを、幸一は照れながらも声を張って唄った。
ホステスたちの過剰な拍手の中、唄い終えてグラスに手を伸ばそうとした時、幸一は異様な視線を頬に感じて振り返った。
隆嗣が幸一を睨みつけている、その目には憎しみと寂寥が同居していた。
幸一は戸惑ってしまった。リチャード・マークスの『ライト・ヒア・ウェイティング』を歌ったことが、そんなに悪いことなのだろうか。
(つづく)