「上海出張は1泊だけなの?」

 慶子の問い掛けに、幸一が回想から引き戻された。

「ええ、明日大連へ戻ります」

「本当に大連はいいところね。上海と違って、こじんまりとした清潔な街」

「是非また来て下さい。次は星海公園を案内しますよ」

 ワイングラスが傾けられる毎に話が進む。

「そういえば、『クラブかおり』へは行っているの?」

「ええ、この間も父の会社の取引先が上海へ来たから、お春さんにお相手を頼んだの。実は、私もときどき一人で行ってるのよ」

「へえ、女ひとり客じゃ、お春さんも扱いに困るだろうねえ」

 幸一が冷やかし気味に言う。それほど二人の仲は縮まっていた。

「私だって判っているわよ。行くのはお客さんが少ない早い時間か遅い時間にしているの。だって、お春さんとは友達になったし、色々と中国の表と裏について教えてもらっているのよ……。ところで、幸一さんは知ってるの?」

「なにが?」

 もったいぶって慶子がワインを一口含む。

「伊藤さんとお春さんの関係」

「えっ」確かめたことなどなかったが、当たり前に想像できることを答えた。

「伊藤さんが店のオーナーで、お春さんがママということは、そういう……男女の関係じゃないの?」

「それが違うらしいの」

 慶子が、級友の秘密を明かす中学生のような目の輝きを見せた。

「違うって、お春さんに尋ねたの? 本人は恥ずかしくて否定するだろう」

「お春さんが言っていたわ。伊藤さんには、ずっと好きな人がいる。だから、私なんか相手にしてくれない、って」

 幼く好奇に満ちた中学生の瞳を保持したままで話す慶子に、幸一が反駁を試みた。

「ずっと好きな人……それ本当かなあ。お春さんの逃げ口上じゃないのかい?」

「いいえ、彼女は嘘なんか言っていないわ。女の勘よ。お春さんは、伊藤さんが振り向いてくれるのをずっと待っているみたいね」