予想外の告白に、幸一は返す言葉が出てこない。
「官僚出身のエリートだったのよ、別れた夫は。大学を出たばかりの世間知らずの私に、その人を後継者にするつもりだからと、父が勝手に話を進めてね。私は流されるまま一緒になった……。でも、結婚して一緒に暮らすようになって初めて知ったの。夫は私を束縛したがり、買い物に外出するのにも、理由を問い詰めてくるような人だった。そのくせ、家で話すのは他人を蔑んだ悪口ばかり……」
幸一はテーブルに目を落とし、耳だけで彼女の相手をしていた。自分の愚かな問いが、彼女の傷痕に触れてしまったのだ。慶子の言葉は止らない。
「少しずつ私の心は病んでいたのね。塞がった気持ちで呼吸も出来ないような日々が続いて、そしてある日、爆発してしまった。そんな夫と同じ空気を吸っていることに我慢が出来なくなって、気が付いたら家を飛び出していたの……」
すべてを語らなければ彼女の気持ちが納まらないのだろう。途中ワインを一口含んだだけで、休みなく続ける。
「離婚が成立するまで結構時間が掛かったわ。それに、父の顔にも泥を塗ってしまったし……。実家で息を潜めるような暮らしを続けるのが嫌になって、それで、海外逃亡して来たのよ。父も、自分の面子を守るためにはその選択がよかったみたい。仕事作りに協力して送り出してくれたの」
慶子が再びワイングラスに手を伸ばす。
「ごめん、つまらないことを訊いてしまって」
幸一の呟きに慶子が首を振る。
「いいの。あれも、自分の人生は自分のものだと気付かせてくれた、貴重な経験よ……」
「でも」慶子を遮って目を伏せたままの幸一が口を開いた。
「……だからって、自分のことをどうでもいいなんて言っちゃいけないよ」
「ありがとう。本当にやさしいのね」
(つづく)