慶子が、短い言葉でこの光景を説明する。
「ここからの夜景は、上海らしいけど、上海らしくないの」
「……まるで、菜の花畑のようだね」
幸一の呟きに彼女は破顔した。
「うまいこと言うわね」
「中秋の名月はどこにいるのかな?」
幸一は空を見上げた。一拍遅れて彼女もそれに倣う。雲は少ないが、生憎ベランダからの視界の範囲には、その姿が見えない。慶子が明るく応えた。
「残念ながら、恥ずかしがって私たちの前には出てこれないみたいね」
視線を戻した二人は、肩が触れ合ったまま、しばらく光の菜の花畑を眺めていた。
軽く目を閉じた慶子が、口を開いた。
「……一昨日が、私の誕生日だったの」
「えっ、本当? それはおめでとう。知っていたら、何かプレゼントを持って来たのに」
慶子は首を振って、そんな物は不要だと応える。
「誕生日の夜は、ここで一人きりで過ごしたの。仕事で遅くなって、買って帰った焼きそばをビニール袋から取り出してお皿に移していたら、なぜだか涙が出てきちゃって……。ちょうどその時だったわ、あなたから上海へ来るって電話をもらったのは。本当に嬉しかった」
彼女の独白が胸に刺さった幸一は、ひとつ息を吸い込んだ。
「僕も……あなたに告白しておこう」
「なあに?」慶子は、まるで母親のような声で応じた。