翌日、大連周水子空港出発ロビーでは、帰国する岩本と、上海へ戻る隆嗣、それを見送りに来た幸一の3人が顔を揃えていた。
「いやあ伊藤さん、今回もお世話になりました。瑞豊木業さんとの取り引きが無くなるのは淋しいが、半年間の執行猶予をもらって、本当に助かりました」
岩本は隆嗣の手を取って、昨日から幾度も繰り返す謝意を再び表現した。
「ご苦労が続くでしょうが、頑張ってください」
隆嗣が相変わらず淡白な声で応じている。
「山中君。彼らがちゃんと契約を遂行するよう、お目付け役を頼むよ」
「わかりました」
頭を下げて見送る幸一を背に、岩本がゲートを通り抜けていった。
「じゃあ」岩本が姿を消すと、上海へ戻る隆嗣も国内線ロビーへ去って行こうとする。
「フライトまで、まだ時間があるんでしょう?」
隆嗣の背に、幸一が尋ねた。
「お茶でも飲みませんか?」
勇気を出して誘うと、隆嗣は腕時計に目を落とし、小さく頷いて応えた。
3階の喫茶店に腰を落ち着け、静かにコーヒーを口に運ぶ隆嗣の姿を見ながら、なぜこの人は他人に隙を見せないんだろう、幸一はそんなことを考えていた。
「上海の女性とは、まだ続いているのか?」
慶子と仲のいいお春さんから聞いているのだろう、隆嗣が無遠慮に尋ねる。あれから幸一と慶子は、月に一度ほどの割合で大連と上海を往き来して、逢瀬を重ねていた。
「え、ええ」
この人でも他人に興味を示すことがあるのかと奇妙な喜びを感じたが、それも束の間で、それ以上のことを詮索することなく、隆嗣は黙っている。
「どうして劉さんは、急に半年の延長を了解してくれたんですか?」
幸一が、昨日から抱き続けていた疑問を口にした。すると隆嗣は、独り言のように幸一の目を見ることなく話し始めた。