口調は平坦だが、いつもとは違う熱弁の内容に、幸一は引き込まれた。
「君もこの国で暮らして判っただろう。中国人にとって日本人は、もはや一流ではない。日本企業は、すでに見習うお手本とは思われていないし、収縮している日本市場にはさほど魅力も感じていない。日本は、ステップアップのための踏み台にしか過ぎなかったのさ」
そこまで話してから、隆嗣は煙草を取り出し火を点けて一息つけた。
「日本は、すでに二流国家ですか?」
日本から逃げ出した負い目を持つ幸一が問う。
「今の経済はもとより、政治は昔から二流じゃないか。少なくとも、外からはそう見られている。たちが悪いことに、中にいる日本人はそれを認めようとしないがね。いつまでもふんぞり返っていたら、大変なことになる」
そんな隆嗣の辛辣な発言に、珍しく幸一が軽口で応じた。
「そうですね、私がいい例だ。工場では技術指導だ検品だと威張ってきましたが、半年後の12月末には、私が職を失いそうです……。また、根を張る場所を探さなきゃ」
隆嗣が眉間に皺を寄せた。
「根を張る場所……?」
「ええ、根を張る場所です。上海に太い根を張っている伊藤さんが羨ましい」
「俺は上海に根を張っているわけじゃない。たまたま上海で仕事をしているだけさ」
伊藤さんにはずっと好きな人がいる、そう言っていた慶子の話を思い出した幸一は、遠慮がちに尋ねた。
「それじゃ、いったいどこに、何に根を張っていらっしゃるんですか?」
すると隆嗣は、顔を背けて黙り込んでしまった。胸裏に灰色の思い出が蘇る。かつて立芳が言っていた(自分が根を張っている社会を少しでも良くしたい)と。
(つづく)