「あいつは関税が上がるのを見越して、アレクセーエフから丸太を3万リューベー買い込んでいたのさ」

「え? 知りませんでした。工場にも入って来ていないし……」

「丸太は、中ロ国境の町、満州里の鉄道ターミナル土場に積んであるよ。そこで製材まで済ませて、関税アップ後の相場上昇を待って、高値で売りさばくつもりなのさ」

 隆嗣はあっさりと秘密を教えた。

「そうだったんですか……。しかし、そうだとすると、ちょっとがっかりですね」

「何がだ?」隆嗣がコーヒーカップを置きながら問う。

「だって、昨日の話し合いの時に、精一杯の譲歩で4ヶ月延長しましょう、と劉さんが言ってくれたのを、僕は内心、それだけでも十分な好意でありがたいと思ったんです。なのに、実際にはそんな隠し玉を持っていたなんて……」

「相変わらず甘いな」

 また言われてしまった。

「すみません。前にも言いました通り、私の性分ですから」

「甘いのは君だけじゃなくて、岩本社長もだがね。まあ、日本人は甘い人種だからな」

 幸一が先を問う視線を隆嗣へ送る。機嫌がいいのか、隆嗣がその視線に応えてくれた。

「世界的な資源ナショナリズムが進んで、木材相場も上昇していることは判り切っているはずだ。それなのに、一部上場大企業様とのお付き合いだから、なんとか損をしてでも付き合ってくれなんて、まるで日本の下請け会社泣かせと同じセリフを中国人に言っても、笑われるだけさ……。
  下請け根性しかない中小企業と、永遠に続くと幻想を抱いている大企業、そんな狭隘な日本人的社会は、実際にはすでに破綻している。いや、自分たちで破壊したくせに、中国人相手にはいまだに押し付けようとする。日本の大企業相手の仕事を中国人が有難がっていた時代は、とうの昔に過ぎ去ったのに、まだそれに気付いていない」