同じ頃、浦東の高層ビル内に陣取る『隆栄実業有限公司』のオフィス。日本式に言えば20畳敷きほどの広い総経理室で、黒革ソファセットに腰を落ち着けた隆嗣と李傑が向かい合っていた。
窓の外に見える空は暗くなっていたが、周辺ビル群が発する人工の灯りが、まばゆいほど網膜を刺激する。スタッフはすでにみんな帰宅していた。隆嗣が早く帰らせたのだ。二人だけの、静かな再会の空間だった。
「君が中共(中国共産党)にいたとはね」
紫煙を吐き出しながら隆嗣が口を開く。
「それは皮肉で言っているのかい? 民主化運動をしていた学生が、共産党という体制側で仕事をしていることが気に喰わないのかな」
「それも、徐州市共産党委員会の常務委員様だ。どんな手品を使ったんだ?」
徐州市とは、上海の西北部に位置する江蘇省内にある大都市の一つだ。中国では共産党が政府よりも優先される。それは地方自治においても同じで、各地に地方行政機関は存在するが、その上位に立って指導監督するのは、各地の共産党組織なのだ。
「君こそすごいじゃないか。上海の一等地に事務所を構える実業家か……。大学のくたびれた学生宿舎で暮らしていた頃を思うと、隔世の感があるな」
隆嗣もその意見に目で同意する。少し間を置いてから李傑が話し始めた。
「俺も結構苦労を重ねてきたんだよ。大学を出てから、志願して南の果て、海南島の経済開発に従事してね。今でこそ海南島はリゾート地で有名だが、あの頃は酷かった。未開の島で、病気に罹るのを恐れながらも懸命に働いたよ。お蔭で、認められて共産党員になり、次に湖南省の田舎町を任せられた。そこも任期を無難にこなしたが、北京の部局に呼ばれて、また一から丁稚奉公をさせられてね……。ようやく生まれ故郷の徐州に戻れたのが、4年前さ」
「しかし、その若さで常務委員とは、大変な出世だ」