(2007年12月、東京)

 高輪のさくらタワーホテル、おとなしい暖色系の色彩と照明に染められたロビーでは、当然のように置かれた大きなツリーが場所を占めて、季節感を演出している。クリスマスを目前に控えた外界は、日曜日ということもあり、更に落ち着きを失っていた。

 1階にあるラウンジのガラス張りの壁には、その先にある手入れの行き届いた庭園が壁画のような静寂の美を見せていた。

 チノパンツにカシミアのセーターというカジュアルな装いの慶子が、低い黒革の一人掛け椅子に深々と座っている。窓の外を見やった彼女には、庭園の造形美よりもそこに漂う冬の空気のほうが目に付き、やはり日本は寒い、と感じていた。上海と東京では、気候の差はあまりないはずなのに。

「まだ来ないのか?」

 父の声に振り返った。

「12時まで、あと15分もあるわよ。慌てないで」

 川崎洋介は、首都圏でも大手に入るマンションデベロッパーを一代で築いた成り上がり人物らしく、脂ぎった顔に自信を貼り付け、その目は他人を信用しない険しさを表現していた。

 母を癌で失ってから、父の目は年々厳しさを増してきたようだ。イタリア製だと自慢のジャケットは襟幅が広すぎて滑稽役者のように見えるが、それを注意しても聞き入れるどころか不機嫌にさせるだけと判っている慶子は、父のセンスに対しては見て見ぬふりを習慣付けていた。

「ちゃんと挨拶をしたいと言うのなら、先に来て待っているのが筋というものだ。お前は、本当にそんな若造と一緒になるつもりなのか?」

「一緒になるって……私はバツイチの三十路女よ。結婚なんて、もう考えていないわよ。ただ、彼は真面目な人だから、挨拶をしておきたいと言っただけ。勘違いしないで」

 父親としては、娘が幾らかの強がりを含んで話していることなど見通していたが、肝心な用件を思い出し、そちらの話を切り出した。

「ところで慶子、上海の会社は、おまえ自身がオーナーにならないか?」

「どういうこと?」