(2007年12月、名古屋)

 この本社は、どうしても居心地が悪いと感じてしまう。

 あいにく岩本社長は年末の挨拶回りに出かけ不在で、夕方にしか戻らないと聞かされた幸一は、とりあえず経理課長を相手に、大連で借りていたマンションの解約と、それに伴い返還される保証金の報告などを済ませた。

 仏頂面の課長は、交際費が予算額を上回っていたことをねちねちと指摘してきた。度々視察出張と称して大連を訪れた東洋ハウスの宮崎部長らのために費やしたものであり、岩本社長の了解を得ている、詳しくは岩本社長へ聞いてくれ、そう言って幸一は逃げ出した。

 時間を持て余し、玄関脇のパーテーションで区切られた来客応対用の簡単なパイプ椅子とテーブルのセットに居場所を見つけた幸一が、備え付けの新聞を広げて時間を潰していると、正午を知らせるサイレンが会社中に響き始めた。

 倉庫で検品や配送の仕事をしていた作業服姿の社員たちが、昼食を摂るために事務所へ入って来る。その中に、皆と同じ作業服を着た老人の姿を認めて、幸一は慌てて立ち上がった。

 岩本会長は、いまだに現場仕事が好きでたまらないらしい。木肌を触っていることが老いを防ぐ一番の良薬と信じて、周囲の迷惑をよそに、倉庫で検品などに口を出し続けている。

「会長、ご無沙汰しております」

 頭を下げる幸一を見て、岩本会長は顔中の皺を寄せて笑顔を作った。

「おお、幸一君か。元気そうじゃないか、よく来たねえ」

 岩本会長は、2階の会長室へと誘ってくれた。

「この寒い中、まだ現場のお仕事を続けておられるんですね」

「ハハハ、歳を取ると気温も感じなくなる。寒いのか暑いのか、自分でも判らんのだよ」

 どこまで冗談で言っているのだろうか。

 二人が座るテーブルに仕出しの幕の内弁当とお茶を置いて、事務員が出て行く。

「さあ、食べながら話をしよう。ささやかな食事で申し訳ないが、箸を取ってくれ」