「うむ、川崎産業で保有している株式というか、現地公司の出資権利を、お前個人で買い取って独立するということだ」

「たしか、払い込み投資金額は30万ドルだったわね。そんなお金は持っていないわよ」

「いや、お前の名義で積み立てておいた口座がある。そこから出しておこうと思う」

 父の真意を計りかねて、慶子が首を傾げた。

「もしかして、私が送り出している商品に何か問題が起きてるの? 社長の娘が道楽で仕入れた商品を使いたくないとか……」

「いいや。別段問題があるわけじゃない、品質にもコストにも満足しているよ。上海川崎装飾貿易有限公司の経営も落ち着いてきた。お前もいい歳になったから、自分の城を持たせようと思ってね」

「いい歳だなんて言わないでよ」

 慶子は父への甘えで拗ねてみせた。

「さっきは、自分で三十路女だと言っていたじゃないか」

 もちろん冗談のつもりだったが、それを父親から真顔で返されると慶子も辛い。

 ラウンジに足を踏み入れた幸一が中を見回し、手を振る慶子に気付いて窓際のテーブルへと歩み寄ったが、慶子の視線を追って振り返った洋介の苦い表情を目にして、自然と足がすくんだ。

「初めまして、山中幸一と申します」

 腰を折る幸一に、洋介は言葉を返さなかった。父に借りたバーバーリーのコートを手にしていたが、身に付けているのは量販店で買った吊り下げのスーツだったので、洋介の値踏みをする目に、幸一は気後れした。

「父さん」慶子の咎める声を受けて、ようやく洋介が口を開いた。

「まあ掛けたまえ」

 席に着いた幸一が、事前に練習しておいた自己紹介を始めようとしたが、先に洋介が無遠慮な質問を浴びせてきた。

「君のお父様は、なにをされているんだね?」

「はあ、商社に勤めております」

 いきなり親のことから尋ねられた幸一は、洋介の意図を明確に感じた。

「丸菱商事の役員をなさっているの。優しくてダンディな方よ」

 横から慶子が援護する。その役職を聞いて、洋介の眉間の皺が幾つか解けたようだ。

「お前も会ったことがあるのか?」

「ええ……」