そこへ、店のドアが開き来客を知らせる鐘の音が響いた。

 迎春の教育が良いのだろう、更衣室に入っていた小姐たちの中で、まだ着替えていなかった数人がすぐに出てきて「いらっしゃいませ」と日本語で大きな声を揃えた。

 入口からゆっくりとこちらへ歩いてくる紳士、コートを手にした仕立ての良いスーツ姿、その長身の客を見て、出迎えた小姐たちが「あっ」と驚きの声を上げた。それに構うことなく、ずかずかとカウンターへ歩いてくるその紳士は、白人だった。隆嗣が椅子から立ち上がって中国語で咎める。

「おいおい、ここは日本人向けクラブだ。白人お断り」

 しかし、その紳士は両手を広げ首を傾げて流暢な中国語で返した。

「そうかい。だったら表の看板に書いておきなよ、ロン」

 さらに近付いて隆嗣の胸を小突く、隆嗣も同じように相手の胸へ拳を当てた。

「久しぶりだな、ジェイ。いつ上海へ舞い戻ったんだ?」

「たった今さ。ここへ来て、やっと上海へ帰ってきたと実感したよ」

 二人は並んでカウンターへ腰掛けた。

「お久しぶりです、ジェイさん。何年ぶりかしら?」

 ジェイスンが差し出した手を両手で包んだ迎春が問い掛ける。

「そう、4年ぶりになるかな」

「ウォール街からクビを言い渡されたんだろう。だから上海へ逃げてきた。違うか?」

 隆嗣が、昔ながらの軽口を叩く。

「まあ、当たらずとも遠からずだね。今度、うちの投資信託銀行と香港のフォーチュン銀行との共同出資で、北京に中国企業向けの投資会社を設立したんだ。ようやく政府の認可も下りてね。それで、アメリカ側の責任者として、香港の銀行へ出向して来たのさ」

「なるほど、サブプライム破綻で揺れる震源地から、上手に逃げ出してきたという訳か。無責任のバトンリレーでさんざん世界中に毒をばら撒いておきながら気楽なもんだな」

 隆嗣の辛辣な口は止まらない。

「おいおい、言っておくが、俺はサブプライムなんぞにかかわっちゃいないぞ。ずっと中国専門のファンドマネージャーとして地道にやってきたんだ」