ジェイスンは天安門事件でアメリカへ帰国した後、大学を卒業してから夢を実現させるために単身ニューヨークへ移った。

 無論、簡単にその牙城の中枢へ入っていけるはずもなく、下働きに明け暮れていたが、彼の執念は中国の経済躍進により陽の目を見る時を呼び寄せた。中国への不動産投資や工業団地開発などのファンドが立ち上がり、中国語が堪能で中国人の扱いに長じていた彼は重宝されるようになり、着々とキャリアアップしていった。

 一時期は上海に駐在して、隆嗣と昔ながらのコンビを復活させて共に助け合い、ビジネスでも共同戦線を張って互いにそれなりの利益を上げていたが、4年前に証券会社に移籍して、ニューヨークへ戻って行った。ニューヨーク市場に上場する中国企業が相次いでいたので、中国企業担当マネージャーとしてスカウトされたのだ。

 再び銀行へ移ったとの便りが来たのが半年前。おそらく今の話に出てきた北京での投資会社設立のために、再びヘッドハントされたのだろう。隆嗣が批判を浴びせる。

「ウォール街の錬金術師たちというのは恐ろしいな。次から次に金を呼び寄せるアドバルーンを上げ続けている。北京の投資会社なんて、いかにも怪しげなものまで集金マシーンの部品の一つに組み込むわけか」

 ジェイスンは動じることなく人ごとのように答えた。

「否定はしないよ。実際、サブプライムの闇がどこまで続くのか誰も判りはしない。とにかく走り続けるしかないのさ」

「中国バブルも弾け始めているよ。上海では、不動産も株も翳りが見えてきた」

「ああ、君も手仕舞いを始めているそうじゃないか。資産を眠らせてはもったいない。うちの会社へ投資しないか?」

「君に預けるくらいなら、札束を燃やした方がましさ。少なくとも、暖まることはできる」

 下らない冗談に、ジェイスンは大笑いで応じてくれた。

「それで、北京に住むのか?」

「いいや。俺も火中の栗を拾うつもりはないから、北京の投資会社には籍を置かない。あくまでもアメリカからの監視役という立場を貫いて、北京と香港を往復する生活になるだろう。だから、これから時々は途中上海へも立ち寄るつもりさ……。ロン、君の顔の広さを頼って、こちらの日本の銀行連中を紹介してもらおうと思ってね」

「お前たちの魂胆は判っている。日本の金融屋に金を出させて、ババを引かせようとしているんだろう。まあいいさ、昔の付き合いに免じて紹介してやるよ。身ぐるみ剥ぎ取ろうがどうしようが、俺の知ったことじゃないからね」

 隆嗣は皮肉を込めてグラスを捧げた。

「相変わらず辛口だね。彼らは自分で稼ぐ道を知らないから誘ってあげるのさ」