長々とした挨拶が3名ほど続いた後で、最後に演壇に立った隆嗣が宣言した。

「徐州隆栄木業有限公司、建立了」

 聴衆から大きな歓声と拍手が沸き起こった。それが収まるのを待って隆嗣が続ける。

「寒い中お付き合い頂きありがとうございました。あちらの事務所棟1階にあります社員食堂に、ささやかですが食べ物と飲み物を用意しております。お時間のある方は、是非お立ち寄りください」

 寒風の中にいる来場者の身を気遣って簡略に開業式の終りを述べると、社員たちは揃って事務所棟へ向かった。来賓客たちは、ここまでやってきたことを証明するために、隆嗣と李傑、それに総経理となった張忠華のもとへ、祝賀を述べ握手を交わそうと役職順に列をなした。

 李傑は、共産党常務委員の面目躍如とばかりに、この事業は国家のために設立したのだと高説を以って応え、自分が副董事長に就任したことの正当化に務めていた。主賓の副市長らには丁重に、格下の役人や外国人相手には肩を叩いて気軽さを演出している如才無い李傑の横では、隆嗣も次々に来賓の手を握り、今日ばかりは社交の笑みを前面に押し出して、董事長の役割を果たしていた。

 徐州市人民政府が推して経済貿易委員会から出向してきた総経理の張忠華(ジャン・ジョンフア)は、役人根性がまだ抜けていないようで、政府高官に対しては卑下ているような愛想笑いを向ける一方で、地元の人間たちには胸を反らせて横柄に構えている。

 彼は50歳を幾つか越えており、役所内での昇進に先が見えて出向に応じた人物だった。でっぷりと突き出た腹が、今まで役人として恵まれた生活を送っていたことを物語っている。

 来賓客たちは社員食堂で催される宴会に侵入する厚かましさも暇も無いので、挨拶を済ませると駐車場に待機させていた車に次々乗り込んで去って行った。

 偉いさん達を送り出すまで離れて見守っていた岩本会長が、ようやく一人になった隆嗣のもとへ近づいて来る。その脇には、きちんとスリーピースを着込んだ紳士も立っていた。

「伊藤君、開業おめでとう。日本市場が厳しさを増している中、これからが大変だろうが、君達なら必ず成功すると信じているよ」

 隆嗣は、差し出された手をきつく握り返した。

「こんな田舎町までわざわざお越しいただき、ありがとうございます。ようやく小さな城が出来ましたが、早々に落城しないよう頑張ります」