消息を絶った立芳を探すため再び上海に渡った隆嗣は、警官に尋問される一人の日本人・岩本栄三に出会った。窮地を救われた岩本は隆嗣に通訳を依頼し、補償貿易交渉は成功裡に終わる。だが、隆嗣の探し求める立芳の姿は、上海にも故郷・杭州にもなかった。
幸一はLVL工場の副総経理のオファーを受け入れ、中国に留まることになった。工場の開業式典には、慶子のほかに、幸一の父の姿もあった。
(2008年4月、徐州)
徐州隆栄木業有限公司の事務所2階にある会議室では、上海から出張してきた隆嗣を迎えて、日本人スタッフによる会議が催されていた。
「そういった次第でして、来週青島へ出張したいのですが、よろしいですか?」
幸一が、隆嗣へ許可を求めている。数日前に三栄木材の岩本社長から電話が掛かってきて、東洋ハウスの重役たちが山東省の青島を出張で訪れるので、アテンドして欲しいと要請されたのだ。国内市場に閉塞感が出てきた中、打開案のひとつとして海外戦略を掲げた東洋ハウスが、青島にある不動産デベロッパーと組んで戸建住宅のモデルハウスを現地に建てるという商談が進んでおり、その交渉の通訳として、旧知の幸一を指名してきたのだった。
「岩本社長の依頼では、断るわけにはいかないだろう。誰が来る予定なんだ?」
隆嗣が同意し、内容を尋ねた。
「資材部の宮崎部長を覚えていらっしゃいますか? 彼が、新しくできた国際事業部の部長として来ることになっています。他に、役員さんも何人か、視察がてらついてくるそうです」
かつて大連の夜を満喫して帰った、厚かましい宮崎の顔を思い出して、隆嗣は苦笑いした。
「君も骨が折れるだろうが、お相手を頼むよ。ついでに、ウチのLVLを採用してくれるよう売り込んでくれ」
そして会議の本題に入り、石田が提出したファイルに時間をかけてじっくりと目を通した隆嗣が、椅子にもたれて口を開いた。
「それでは、正規稼動に支障となる問題は今のところない、ということですね?」
工場長の石田が、顔に自信を顕して応じる。
「はい、設備などの物理的問題はクリア出来ています。あとは、従業員の練度だけが気掛かりですが、こればかりは経験が作り出すもの、追々鍛えていくしかないでしょう。まあ、彼らは非常に真面目で頭も良いから、却って楽しみでもあります」
横から幸一も身を乗り出した。
「原材料については、地元政府も協力してくれています。周辺農村部にあるポプラ原木を優先的にウチへ回してくれるよう声を掛けてもらっていますので、梅雨の時期を前に十分な材料積み増しはできると思います。工場内に問題はありませんが……」
言い澱む幸一に、隆嗣が迫る。
「工場の外に問題があるのかね?」