石田が幸一へ顔を向けた。あのことを話すのか、と問う視線だ。幸一が言葉を続けた。
「言い難いのですが、張総経理の勤務状況に困っています……。出勤は昼近くで、デスクに座っても何もせず、工場内へも滅多に足を運びません。定時前に帰ってしまうこともしばしばで、これでは従業員の熱意をスポイルしてしまいます」
隆嗣は腕組みをして押し黙った。
「それに、会社で酒臭い匂いを振りまかれるのもたまらんなあ……」
石田が駄目押しをする。
「会社で酒を飲んでいるのか?」
隆嗣の問いに、幸一はかすかに首を振って応えた。
「さすがに会社では飲みませんが、付き合いと称して毎晩遅くまで飲み歩いているようです。張総経理が費やす接待費が馬鹿になりません。3月だけでも2万元と、従業員20名分の月給を一人で飲んでしまったようなものです。精査してみると、どうも怪しげな領収書も混じっているようで、家族での飲食や、ひょっとすると偽領収書で接待費を着服している可能性もあるようです」
目を閉じて聞いていた隆嗣は、テーブルに手を置いて二人に諭した。
「彼を総経理で受け入れた理由は判っていると思う。48パーセントの現物出資をした市政府に押し付けられた訳だ。会社を立ち上げるためには仕方あるまいと受け入れたが、正直言って、彼を長く置いておく気はない。1年を目処と考えていたが、市政府と強腰で交渉できるよう、是非とも工場を早く軌道に乗せてくれ。自分たちだけで健全な経営が出来ると証明できれば、李傑を動かして張忠華を追い出すこともできる」
口を結んで隆嗣の話に耳を傾けていた二人は、揃って頷いた。そして、幸一が次の問題を提議する。
「わかりました、工場が早く軌道に乗るよう頑張ります。石田さんの努力で、生産の目処は立ちましたが、肝心の売りの方は大丈夫かと……」
「日本向けは、フォースター認証が取れてから売り込みをかける。それまでは、アメリカ向け梱包材用の生産で肩慣らしをしておいてくれ」
ジェイスンのコネで、アメリカの商社から向こう数ヶ月は工場を回すことが出来る注文を取り付けていた。
「日本基準のモノ作りをさせて、価格の安い梱包用製品を出していては、コスト割れです」
石田が口を挟むと、隆嗣はひとつ大きく頷いた。
「少々の赤字は気にしないでください。正直言って、開業から最低1年は黒字化など考えていません。日本製と較べても遜色のない商品作り、それが第一歩です」
董事長である隆嗣の言質を得て、石田は安堵したようだ。