一通りの打ち合わせを終えると、話は仕事から雑談へと移っていった。
「石田さん、中国の生活には慣れましたか?」
「ええ、住めば都とはよく言ったものです。山中さんの世話になりっぱなしだが、朝食のお粥は美味しいし、社員食堂の料理も満点だ」
幸一と石田は、ここ銅山県の街中にある小規模なホテルを住処としていた。隆嗣は、近くのマンションの1室を買うか、工場内に宿舎を建てることを考えていたが、早朝から夜遅くまで仕事をする二人には、洗濯や掃除など身の回りを気にする必要がないホテル暮らしのほうが却って気楽なようだ。
田舎町のため、格安でホテルと長期契約できたので負担も少ない。朝食のみをホテルの食堂で摂り、昼食と夕食は工場の社員食堂で済ませる二人には、ベッドさえ清潔ならばそれで十分だった。
「従業員たちはどうですか?」
状況を知っておきたい隆嗣の問いは続いた。
「いやあ、彼らの貪欲さには敬服しますよ。真面目だし、判らないことや納得できないことにはとことん喰い下がって質問してくる。時には煩わしいほどですがね」
笑顔で話す石田は、本当に満足しているようだった。
隆嗣は、先ほど視察した工場内の活況を思い起こした。機械の音が響く中、蒸気と接着剤の臭気にも負けず、マスクをした従業員たちが懸命に手と足を動かして物作りに励んでいた。指導に駆け回る石田の拙い中国語を聞き漏らすまいと目を輝かせる若者たちを見て、やはり虚業より実業が本当に人を活かすのだと、密かに感銘を受けていた。
しかし、ここでは経営者として冷静に言葉を選ぶ必要がある。
「彼らは、良くも悪くも個人のスキルアップには一生懸命ですよ。会社へのロイヤリティよりも、自分の価値を高めることが優先です。有能な社員がいたら、他社へ引き抜かれないように目を配っておいてください」
と、そこへ隆嗣の携帯電話から電子音が鳴り始めた。携帯電話を耳に当てると、聞き慣れた声の日本語が響いた。
(伊藤君か、岩本です)岩本会長だった。
「これは会長、その節は、わざわざ中国までお越しいただいて、ありがとうございました。その後、ご無沙汰しており申し訳ありません」
隆嗣の丁重な挨拶に応じるのももどかしいほど、岩本の声は緊迫していた。
(いや、実は急ぎ知らせたいことがあってね……)
「どうかしたんですか?」