海を見下ろす高台に立ち、巨大な段々畑のように整地された開発予定地を見た一行は、感嘆の声を上げていた。整備されている建売り住宅用地からは、青島市街を見下ろして、その先に海を見渡すことができる、まさに極く一部のニューリッチの住まいとして相応しい、贅沢な場所であった。
「素晴らしい眺望だねえ」
老齢の吉川副社長が言葉を漏らすと、常務から経理担当の若い社員までが皆一様に同調して「そうですねえ」、「青島は美しいところですね」などと賛同の声を上げる。
同行してきた公司の若い女性社員が、気の強そうな顔を輝かせて自慢げに話し出した。
「御覧のように、分譲する戸建区画のすべてから海が望めるようになっています。あちらの整備された入江を見てください、今年8月に開催される北京オリンピックのヨット競技は、ここ青島で開かれるんです。まあ、それまでに分譲は間に合いませんけれども……」
隆嗣の同時通訳を聞きながら、日本人ビジネスマンたちが頷いている。
「この建売住宅地は40区画に分けられ、一つが最低50ヘーベー(m2)以上。建物は2階建ての総床面積300ヘーベーを予定しております。先ず10区画をモデルハウスとして先行販売し、お客様の反応を見極めてから、残りの住宅をどのメーカーさんにお願いするかを決めるつもりです……。今回の分譲を年内に終えて、来年は新たに80区画の販売を計画しております。ここ青島でノウハウを蓄積し、将来は煙台や済南での戸建住宅開発も手掛ける予定です」
その誇らしげな説明に、彼らは大きな期待を寄せた。
「壮大な話だねえ。1戸当たり500ヘーべーといえば約150坪の土地、それに、床面積300ヘーベーでは90坪になる。けっこう大きな物件になるねえ」
岡崎常務の声に、宮崎が応じる。
「はい、日本でしたら立派な豪邸です。今の中国では貧富の差が広がっていますから、金持ちはそれなりの家を欲しがるのでしょう」
「東洋ハウスさんにお願いする予定の、2つの区画をご案内しましょう」
彼女を先頭に一同が造成された土地の中を歩いて行くが、その最後尾を公司の男性社員が黙ってついてくる。背広姿で眼鏡をかけた姿は、どう見ても30歳前後だ。
岡崎が隆嗣に近付いてきて囁いた。
「こちらは副社長まで出てきているのに、先方は若者ばかりとは……。舐められているんですかねえ。あの若造なんか、一言もしゃべらない」
苦笑いをしながら隆嗣が応じる。
「じっくりと我々を観察しているつもりでしょう。彼がこの区画の総責任者で、開発から販売までのすべてを決めるそうです。今の中国では、ビジネスの先端で仕事をしているのは30代から40代前半が多いんです。文革時代に教育を受けた50代以上の人間たちは、置き去りにされているのが現状ですよ」
「ううん……」理解できたのか否か、岡崎は独り唸っていた。