日本人たちの会話を、王紅は首を傾げながら見守っていた。

 やがて最終議題に達すると、ようやく熱を帯びる局面が現出した。支払条件について互いの意見が喰い違う。

「建物が建って、モデルハウスとしての役割を終えて販売できてから、その代金を支払う」と主張する眼鏡男の断定的な言い方に宮崎が対抗する。

「我々は、あくまでも貿易取引きと認識している。資材を輸出した時点で、最低でも材料費分は支払っていただきたい」

 中国との取り引きで一番の懸念は回収である。度々そう耳にしていた宮崎は、この問題に固執した。

 経理担当者も大きく頷いているが、副社長と常務は知らぬ顔で横を向いている。生臭い話には、自分たち高位に座る者が口を挟むべきではないと考えているようだ。

 先方の女王たる王紅も、交渉の間は微笑みを崩さず沈黙を保っていた。

 幾度か激しい応酬が繰り返されたが、「ここで慌てて決める必要はないでしょう。総経理が見ている前で、あの眼鏡君が自分から折れることはありえません」という隆嗣のアドバイスに従って、明日改めて話し合うことを提案してこの日の会議を終えた。

 会議中ほとんど口を開かなかった王紅が、会議のテーブルから離れて出て行こうとする隆嗣に声を掛けた。

「伊藤さんは、本当に中国語がお上手ですね。どこで学ばれたんですか?」

 その社交辞令に、隆嗣が答える。

「上海の華盛大学に留学していました。もう20年も前のことですがね」

 その話に何か思い当たることがあったのか、王紅は眉間に皺を寄せたが、それも一瞬のことで、すぐに笑みを湛えて言葉を繋いだ。

「それでは、また明日お会いしましょう」

(つづく)