「よし、全員揃った」
李傑が宣言すると、隣席の幹部が助手席に座る男の肩を叩いた。男は膝上に置いていた黒い箱からコードにつながれた不恰好なマイクを取り出して幹部へと手渡す。
「始めろ。いいか、歯向かう者には容赦するな。一人も逃がすんじゃないぞ」
無線機に「了解」という返事が届くと、4人の男たちは車から降り立ち、肩を並べて静かに歩き出した。学生たちの潜む小路まであと20メートルほどに近付いた時、立芳は広い通りからその小路への曲がり角に達しようとしていた。
そこへ、低く唸るエンジン音が彼女の後方から追いかけるように押し寄せてきた。彼女が振り返ると、幌付きのトラックが迫っている。そのライトに照らされ、闇の舞台に街路樹を背景にして浮かび上がった彼女の肢体は、劇場に佇む女優のように美しく見えた。
闇に浮かんだ彼女を認めたのは、李傑だけではなかった。エンジン音を聞いた学生たちは、自分たちを北京へ運ぶ箱舟がやってきたと思い込み、小路から列を成して通りへ出てこようとしていたのだ。
その先頭に立つ祝平が、驚きの声を上げる。
「立芳、なぜ君がここへ……?」
しかし、彼女は停車したトラックへ目を向けたまま動かない。公園の壁が邪魔をして、祝平たちには曲がり角の先にあるはずのトラックは見えなかった。その明かりが照らし出す立芳の顔が驚愕に変貌していくのを、訝しげに見守りつつ歩みを進めた。
立芳の視線の先、幌で覆われたトラックの荷台から次々に降りてきたのは、武装警察の制服に身を包んだ一団だった。その左手に小振りな盾を持ち、右手に60センチほどの警棒を携えている。その時、別の方角からも彼女へ向けて声が上がった。
「立芳、抵抗するんじゃない」
声がした方へ目を向けると、左右を公安に挟まれた李傑の姿が見えた。彼女は善女であるがゆえに裏切りなどとは想像もできず、李傑は捕まってしまったんだ、そう誤解した。
そして、その善女は自身の身を守ることよりも、仲間たちを逃がすことに身体を衝き動かした。駆け足で迫り来る武装警察の隊員たちに向かって両手を左右に広げ、はかない防波堤になろうとしたのだ。精一杯の声を絞り出す。
「みんな逃げて」
視界には彼女の姿しか見えないために、状況が飲み込めていない祝平たちは呆然としていたが、次の瞬間、信じられない場面を目撃した。彼女の目の前に現れた男が、いきなり警棒を振り上げた。