(1989年6月、上海)
「それで、本当にトラックの手配は大丈夫なのかい?」
「ああ、我々の運動に賛同してくれる公司の幹部が、幌つきトラックで密かに北京まで送り届けてくれると約束してくれた」
祝平の問いに答えた李傑は、周りの同志を見回した。夕暮れ時の華盛大学、キャンパス内を流れる小川の畔、芝生の上に車座になった十数名の若者たちは、紅潮した顔を並べて二人の口に注目していた、俯いているただひとりを除いて。
「その協力者とは、いったい何者だ?」
周囲の中から問われた李傑は、首を振りながら応じる。
「それを僕の口から話すわけにはいかない。判ってくれ。この中には、一緒に北京へ行かないメンバーも混じっているからね」
ひとり俯いていた立芳へ目を向けながら、李傑は皮肉を交えて話した。
「君が慎重になるのは判るが、立芳はずっと共に闘ってきた仲間じゃないか。みんなの団結心に水を差すようなことは言わないでくれよ」
祝平が助け舟を出すと、立芳も顔を上げる。
「本当にごめんなさい。活動の道は違っても、心はみんなと一緒よ。信じて」
「みんな判っているさ。君は、隆嗣のいる日本へ行くんだ。そして、海外からこの国の民主化のために活動を続けてくれ」
祝平の励ましの言葉を、周りの学生たちも頷いて後押ししてくれている。立芳は涙を隠すために再び俯いた。
「それで、興工大学のメンバーとも確認はできているのかい?」
祝平が本題に話を戻す。
「ああ。建平たちと、今日打ち合わせをしてきた。興工大学からは14名、我々が12名だから、併せて26名だ」
幌つきトラックの荷台に乗り込んで、民主化運動の同志たちと北京まで長征する。全国から集まった幾万もの仲間たちが、天安門広場で待ってくれているはずだ。
戒厳令が敷かれ人民解放軍に囲まれて緊迫した状況の中、意思を貫きデモを続ける仲間たちと合流して歴史の魁となる自分たちの姿を胸に描いて、若者たちの気持ちは更に高揚していった。
「それでは、各自準備に取り掛かってくれ。明日6月3日の深夜、午前零時に魯迅公園前に集合だ。目立たないよう個別に移動して現地で落ち合うことにしよう」
祝平が宣言してみんなが立ち上がった。立芳は仲間たち一人一人に握手を求め、女性同志には抱擁を以って別れを告げていた。