まだ学生だった夏休み、大阪府内の市民病院の実習に参加した折、地元の医学生に「△△大学の外科医局ってどんな感じですか」と訊ねてみた。すると「ぼくらの大学の外科は、あの山崎豊子の小説『白い巨塔』のモデルといわれた教室で主人公の“財前五郎教授”以外にもH先生とかS先生とかもいて、ほんと、面白いよ」とまったく予想外の答が返ってきた。私としては、どんな研修や研究があって、将来働ける関連病院はどこかといったことを聞きたかったのだが…。
私は、結局、その医局の就職試験、教授面接を受けた。“五郎教授”ならぬK教授の前へ座ると、K教授はニコニコしながら世間話をしてくれ、それで面接は終了した。
これは『白い巨塔』に登場するやさしい内科医“里見”ではないか。私は“里見”の心をもつやさしい外科教授に感銘を覚えた。
こうして私は、国家試験の合格通知とともに△△大学外科医局員になった。このところ希望者が激減しているといわれる外科医局だが、当時は花形の医局で、22名が入局した。
早朝講義と研修が始まると、わずか1年先輩の研修指導の先生たちが、プロの外科医の自信を持って、遅滞なく仕事をこなしていることに驚かされた。そして医局の先生方は本当にやさしく、看護師さんも保母さんのように慈愛に満ち、わけても医局秘書は後光が射しているように思えた。
“名医”の卵同士で当直初体験
入局して7日目のこと。外科病棟で「柴田先生だったっけ。今日、ぼくの代わりに病院の当直お願いできないかなア」とK先輩が言う。驚く私に、「大丈夫、大丈夫、新人同期のO先生と2人当直だから。救急はないし、院長には伝えてあるから」と言って、紙を1枚渡された。そこには「発熱、痛みは〇〇薬、喘息発作は〇〇薬、不眠は〇〇薬」などと記されており、最後には「死亡確認はあわてず患者のもとへ。心拍、呼吸確認は時間をかけて。呼吸心臓が止まった後でも、たまに最後の呼吸をするヒトがいる。最低2回、時間を掛けて瞳孔、心拍、呼吸の確認を」と記載されているのだった。
O先生と私は、大学病院から3つめの駅を下り、歩いて3分の病院へと向かった。医局OBの先生の病院である。