「なんでここにいるんだ?」
そこには、麻のジャケットを着た隆嗣が、笑みを湛えて立っていた。
「仕事を早めに終わらせて飛んできたんだよ。君のことが心配でね」
「おいおい、子ども扱いはやめてくれよ」
落ち着きを取り戻した李傑が、苦笑いで応じる。
「で、うまくいったのかい?」
隆嗣の問いに、李傑は肩に掛けたバッグを叩いて示した。
「ああ、問題なく取り引きは完了したよ」
「よかった……。そうそう、君のチケットは変更しておいた。一緒にファーストクラスに乗って上海まで帰ろうじゃないか」
思いもよらぬ隆嗣の申し出だ。
「ほう、やけに羽振りがいいじゃないか」
「慣れない東南アジア出張で、君も疲れただろう。ささやかなプレゼントさ」
隆嗣は笑顔で言いながら、心の中で語尾に(最後の贅沢さ)と付け加えた。
二人してファーストクラスカウンターでチェックインし、専用の絨毯を踏みしめながら優先イミグレーションを通り抜けて、見渡す限り免税店が立ち並ぶターミナルへと入った。
故郷で待つ市政府要職への土産を買いたいという李傑と、ファーストクラスラウンジで落ち合う約束をして別れた隆嗣は、行き交う旅行者たちの雑踏の中で一人佇み、携帯電話を取り出した。
掛ける相手は二人だ。