最初の呼び出しに応じたのは、香港のジェイスンだった。
「俺の口座から、例のケイマン諸島の銀行へ振り込みをしてくれ」
(判った。106万2000ドルだったな)
ジェイスンはすぐに電話を切った。次に掛けた先は日本、几帳面な会計士の声がする。
(これはどうも、伊藤さん。どちらからお掛けですか?)
進藤の問いには答えず、隆嗣は用件だけを口にした。
「送金を手配しました」
(かしこまりました。入金を確認次第、ご指示の口座へ振り込みいたします。90万ドルでしたね)
電話を切った隆嗣は、深い溜め息を吐いてからファーストクラスラウンジへと向かった。
午後5時5分発上海浦東空港行きSQ836便は、定刻通りにチャンギ空港を離陸した。ボーイング777の大きな機体の最前部に18席だけ設けられているファーストクラスは、ゆったりと横になれる大きなシートと贅沢なアメニティ、プライベートモニターのエンターテイメントなど至れり尽くせりで、5時間を越える飛行時間を快適に過ごせることを保証している。
水平飛行に入ると、隆嗣は早速アテンダントにシャンペンを二つ注文した。窓際に座り下界の雲の波を眺める李傑にグラスの一つを渡して、乾杯を促す。
「何に乾杯するんだい?」
笑顔で問う李傑に、隆嗣が答える。
「今回の仕事が、完璧に遂行されたことへ」
グラスの縁と縁が当たる音が短く鳴った。
「そして、我々の輝ける将来のために」
李傑が上機嫌で付け足したセリフに隆嗣は笑顔で応えたが、頷くことはなかった。
(つづく)