徒手空拳で独立起業
不本意な仕事で糊口を凌ぐ

 とはいえ、品種改良に必要となる高価な機器を買う余裕はない。そこで起業から3年後の03年、植物育種研究所を創業するとともに、北海道大学大学院農学研究院に入学し、玉ねぎの研究に没頭した。

 本業の収益がない中での学生との二足のわらじ故、経済的には厳しかった。農家の畑作業を手伝うことを条件に畑を借り、ビニールハウスは不要な廃材をもらって全て自分で建てた。また、生活資金を得るため、種苗メーカーの営業などを手伝い、糊口を凌いだ。

 岡本は世界中から約300種類の玉ねぎをかき集め、さまざまな交配を繰り返して品種改良を重ねた末、起業から6年たった06年、従来の玉ねぎに比べて約1.5倍のケルセチンを含む赤玉ねぎ「さらさらレッド」の開発に成功した。

 次なる問題は契約農家探しだった。「さらさらレッド」は通常の玉ねぎよりも育てる手間がかかる上、当時、機能性をうたう野菜は珍しく、売れるかどうか分からない。農家探しは困難が予想された。

 そこで岡本は農家に種を無償で提供し、収穫した玉ねぎを植物育種研究所があらかじめ決めた価格で全量引き取ることを思い付く。農家のリスクを岡本が負ったことで、契約農家は着実に増え、今では18軒に上っている。

 岡本が全量買い取りを行ったのには、契約農家を探すことに加えて、もう一つの理由があった。

「1次産業がもうからない一番の理由は、自分たちで価格を決められないことにある」

 農作物は一般的に市場の動向で価格が決まってしまうが、それを覆すには圧倒的な差別化が必要だ。そのためには、新しい品種を開発することのみならず、消費者から指名買いされるようにブランド力を高めなければならない。

 植物育種研究所が全量を買い取ることで、選別や品質管理を行うだけでなく、種から栽培、流通、加工、販売までの各段階に関わり、高機能、高品質を維持した。

 12年には「さらさらレッド」を品種改良し、病気に強く量産しやすい「さらさらゴールド」を開発。食品大手の大塚食品が健康飲料の原料として大量購入を決めるなど、生産量は次第に増加していった。