官房長官の菅義偉は、前川の言う「総理の意向」と記された文書について、“怪文書”と切って捨てたが、5月22日には、「藤原(豊)内閣審議官との打ち合わせ概要」(獣医学部新設)」という題名の添付文書が明るみに出た。

 そもそも、仮にも文科省のトップだった行政官が、実名も顔もさらした上で「怪文書」など出すだろうか。ネット上では、「前川元次官の爆弾発言は、天下り問題で任期半ばにして詰め腹を切らされた腹いせだ」といった、明らかに官邸周辺から発信されたと思われる情報がもっともらしく流布されているが、これも印象操作の一つと考えざるを得ない。

 実際、「280926 藤原内閣審議官との打合」というファイルも発覚しており、「総理の圧力」の裏付けこそ取れていないが、内閣府と文科省の担当者間での協議において、「総理のご意向」が働いたことは間違いないといっていいだろう。

突然出番が回ってきた
国家戦略特区の中心人物

 ファイル名にもなってしまった内閣府審議官、藤原豊(62年入省)は、経産省からの出向者で、霞が関では「国家戦略特区」の中心的人物として知られる。

 戦略特区は、小泉政権時代の規制緩和策として採用された「構造改革特区」にその原点を見ることができる。ちなみに初代特区担当相は、鴻池祥肇参議院議員(麻生派)だ。

「当時、藤原さんは特区の中心人物で、竹中平蔵・現国家戦略特区諮問会議議員や、三木谷浩史・楽天会長との太いパイプはこの時にできたものです」(当時の特区室担当者)

 その後の自民党の凋落とともに、特区ブームも衰退。藤原を除く特区室のメンバーは、次々と霞が関を去った。民間企業に転職した者もいる。民進党の後藤祐一や福島伸亨など、政界に転出したメンバーも珍しくない。