今後日本でも、自民党が政権復帰したとしても、国民からの「お仕置き」に緊張し続ける「政権交代ある民主主義における二大政党の一角」にすぎなくなる。革新に政権を渡さないことを大義名分として、少々の失政やスキャンダルは許してもらえるという時代に戻ろうというのは、幻想にすぎないことを自民党は認識すべきだ。

 しかし、谷垣総裁は国民からの「お仕置き」による緊張感をネガティブに捉えているようだ。それは「絆」という言葉を重視していることでわかる。「絆」とは、これまで自民党を支えてきた、良質の保守層というべき「家庭や家族、地域の絆を大切にする方々の期待にこたえる」という意味だそうだ。

 しかしそのウェットな感覚は、農協、建設業界、特定郵便局長会などと自民党の長年の癒着の関係を維持しようとすることにつながらないだろうか。これからの「政権交代ある民主主義」では、政党は国民の「お仕置き」を避けるために政策立案と実行の能力を磨き続けるものだという、ドライな感覚を持つことが重要なのではないだろうか。

 そして、自民党が進むべき方向は、「政権交代ある民主主義」に対応する、「透明な意思決定」「説明責任、情報公開の徹底」「政策中心の候補者選定」などのシステムを持つ近代政党だろう。それは、かつて小泉純一郎元首相が目指したものと一致する。

 自民党内には麻生太郎前首相など「古き良き自民党をぶち壊したのは小泉氏」と恨む人が多いようだ。しかし、小泉氏が政権交代の元凶という認識では党再生は難しい。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と言いながら、実際は二大政党制への変化という日本政治の構造変化を的確に捉え、それに対応する近代政党に自民党を変えようとしたのだ。自民党の下野は小泉氏のせいではない。自民党が小泉氏の考える近代政党になれなかったからだ。

自民党は「政治改革大綱」の
精神に立ち戻れ

 自民党が近代政党に生まれ変わるには、今回の政権交代の原点である「政治改革大綱」(第31回)の精神に立ち戻ることである。「政治改革大綱」は、自民党政治の問題点が与野党勢力の永年固定化で政権交代がなく、政策よりも利益誘導を重視することで政治腐敗を招いていることだと総括し、その解決策は小選挙区制の導入による政権交代ある民主主義の実現であると主張していた。今回の政権交代は、20年前に自ら身を削り、血を流す覚悟で断行しようとした政治改革が実現したものだということを、自民党は思い出すべきではないか。

 その意味で、今回総裁選に出馬すべきだったのは石破茂氏だった。20年前に「政治改革大綱」作成に関わったメンバーの中で、石破氏は現在自民党の幹部クラスとして残っているほぼ唯一の政治家だからだ。総裁選で争点となるべきは谷垣氏の「全員野球」でも河野太郎氏の「世代交代」でもなく、「政権交代ある民主主義へどう対応していくか」であるべきだったのだ。

 石破氏は党の政調会長に就任した。政調会の部会長に若手を起用して国会の各委員会の次席理事を兼務させ、政府提出法案の対案作りに取り組むという方針を打ち出している。石破氏がどのように政権交代を総括し、党の近代化を考えるかが、自民党再生のキーとなるのだろう。