一方、現在の自民党の最大派閥である「清和政策研究会(細田派)」は、鳩山一郎元総理大臣が率いた民主党を起源としている。かつて鳩山一郎が吉田茂に対峙した歴史から、憲法改正にも積極的で、タカ派の主張が目立つ。前述したとおり、小泉純一郎元総理大臣が現れるまでは傍流だったが、一気に最大派閥となった。

 今回の新内閣の人事では、清和会(細田派)からは3人(安倍総理を含めるとすれば4人)が入閣しているのに対し、本来、政治思想が遠いはずの宏池会(岸田派)から4人も入閣させている。この事実のみをもって、「派閥人事」と評論するのは、極めて表面的な分析でしかない。

清和会の自爆
ポスト安倍が「宏池会」である意味

 そもそも今回の内閣改造の原因となったのは、清和会(細田派)の自爆なのである。

 清和会(細田派)のホープだった稲田朋美元防衛大臣や下村博文元文科大臣、若手の豊田真由子衆議院議員などが次々とスキャンダルで表舞台から去らざるを得なくなった。派閥の長である細田博之衆議院議員も豊田議員の失言に関する記者会見で「高速道路の逆走が原因」などと、とても納得できない理由を淡々と述べているようでは、求心力はガタ落ちである。

 こんな状況では、とても清和会(細田派)中心で組閣などできるはずもない。もはや、他派閥の協力を得るしか政権を維持することはできない。

 ポスト安倍の最有力候補とされているのが宏池会のリーダー岸田文雄政調会長だ。岸田衆議院議員は1682日間外務大臣として務め、連続して務めた期間としては史上最長記録を誇る。今回、党の重要ポストに指名され、名実ともに総理候補として申し分ない状況だが、実は、宏池会に総理の座が転がってくるタイミングは、歴史上、常に自民党が苦境に立たされた時ばかりだという事実も忘れてはならない。

 細川連立政権が発足し、結党以来、初めて自民党が野党に転落した時の総理は宏池会の宮沢喜一元総理大臣だった。民主党に政権を奪われた時も、麻生太郎政権(当時は宏池会)だったし、その後、野党自民党を率いたものの結局総理大臣にはなれなかったのが谷垣禎一衆議院議員(当時は宏池会)だった。