相対的に、フランス人をはじめ欧米人はこの意識が高く、それを示すことの1つに、労働契約書による合意プロセスがあります。多くの採用ケースで、候補者は、事前に採用予定企業から示された条件が、労働法又はそれに準じた業界協定の内容に則しているか、休暇も含め双方の義務と権利がどのようになっているか等を確認し、必要に応じ交渉を経て、双方が納得合意したうえで雇用契約書にサインするのが通例です。

 一方、日本では前述のA氏のように、自分は会社に対し、どのような権利と義務があるのか、そもそも自分は、会社とどういう雇用契約関係になっているのか、それはどういう形で法的根拠を成しているのか(契約書、就業規則…)などについて、関心が薄い、またはそもそも知らない人が多いように思います。

 日本では雇用契約書に双方が捺印して取り交わす文化がない(採用者に就業規則や雇用条件通知書を手渡しし済ませる)ということもあり、こうなるのだと思います。年休について、双方の権利や義務がどうなっているのかを知らない、または軽視する人が職場に多いと、長時間労働や年休未消化の常態化と集団化につながります。

 一方、会社は、それを見て見ぬ振りという状況に陥るリスクもあります。後で後悔しないためにも、日本の皆さんは、きちんと雇用契約に関心を持ち、自分の身は自分で守るようにすることをお勧めします。

使用者(会社側の人)ではなく労働者に徹しよう

 皆さんは、労働者ですか?使用者ですか?もし皆さんが、サラリーマンであるならば、新入社員であれ役職者であれ労働者です。逆に、法人の代表者や個人事業主であれば、使用者です。

 これを前提にすると、会社で働く人のほぼ全員が労働者となります。欧米における労使の法的概念や数値的バランスは、まさにこれです。ところが日本の会社では、これが下手をすると逆転します。自分が使用者(会社側の人)と、知らぬ間に意識してしまっている人が多いのではないでしょうか。

 入社後すぐに組織の一員として「社員=会社のために頑張る人」という価値観が宿るからでしょうか。例えば、入社後まもない若手社員でも、「うちの会社を良くしようぜ、他社に絶対勝とうぜ、わが社は正念場だから頑張るしかないよ…」と、会社側の人間のような発言をする人がいたりします。

 筆者は労働法の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、この世界でも珍しい日本の労働者と使用者の兼任文化は、労働基準法によっても支えられているようです。

 使用者という言葉の解釈が、事業主または事業の経営担当者だけでなく、「その他その事業の労働者に関する事項(人事、給与、厚生、労務管理など労働条件の決定や業務命令の発出、具体的な指導監督)について、事業主のために行為をする全ての者」となっています。とても曖昧ですね。係長や新入社員の指導を任された2年目社員まで使用者か?と、拡大解釈できそうな条項です。