元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。
今回は、プライベートバンクが顧客である富裕層に提供する、金融以外のサービスを紹介します。
プライベートバンクの非金融サービス一覧
プライベートバンクが富裕層に提供している具体的な資産運用法については、この連載でも後ほど説明します。ここではそれ以外にどのようなサービスを顧客に提供しているのか、主だったものを挙げていきましょう。
こうした非金融部分でのサービスも富裕層にとっては大きな魅力であり、プライベートバンクとしてもそれを理解し、力を入れています。
◎ステータス系サービスの紹介
自分の資産を数字で公言することには抵抗があっても、ステータスであれば自慢したいと思う富裕層は多くいます。ステータスを表すものとしては「ブラックカード」が典型ですが、それ以外にも、限られた人しかメンバーになれないコミュニティーやラウンジ、サロン、バー、ゴルフ場など、プライベートバンクの顧客になることで開く扉がたくさんあります。
プライベートバンクは、お金さえ持っていれば無条件で顧客になれるわけではありません。各社独自の身辺調査をするので、犯罪歴のある人やグレーなビジネスをしている人は審査で落ちます。つまり、プライベートバンクの顧客であるということ自体が一種のステータスであり、厳格な会員制のところでもすんなりと会員になれるなどの特別待遇が受けやすいのです。
◎事業成長のサポート
顧客が経営者の場合、その会社の繁栄はオーナー社長の保有する資産が増えていくことを意味するので、プライベートバンクにとっても重要なことです。
その点で有利なのが大手金融機関系のプライベートバンク。銀行系であれば本部と掛け合って有利な条件で事業融資を引き出したり、証券系であれば第三者割当増資の手配をしたり、もしくは金融機関ならではのネットワークを活かしたビジネスマッチングをすることもあります。
◎子供の教育の支援
富裕層の多くは一般の家庭と比べると子供たちの教育にとても熱心です。そのためプライベートバンクは富裕層の子供限定のサマースクールを主催したり、グローバルなネットワークを活かして進学先、留学先の学校の情報を集めたり、富裕層限定のカリスマ家庭教師・英会話教師などを斡旋したりします。
また、各プライベートバンク自身が、富裕層顧客の子供をインターンとして受け入れ、直接教育に貢献することもあります。
◎最先端医療施設・高級老人ホームなどの情報提供
いくらお金があっても寿命は買えないというのは過去の話。ここ数年の医療技術の急速な発達で、お金を積めば若さも美貌も健康もある程度は買えるようになりました。あと20年もすれば、富める者だけが不老を手に入れることができる、映画のような世界が訪れる可能性もあると思います。
富裕層は健康や美容に対する関心が非常に高いので、一流のプライベートバンカーは海外を含めた最先端の医療施設や、富裕層限定の老人ホームの情報などを日々収集し、顧客に提供しています。
◎オーダーメイド旅行の斡旋
サウジアラビアのサルマン国王が来日した際、飛行機から降りるためだけのエスカレーター式タラップや防弾仕様の車を祖国から事前に送り、さらに帝国ホテルを1棟借り切っていたことが話題になりました。
ここまでのスケールにはならないとしても、超富裕層が旅行をするとなると大ごとです。綿密なスケジュールを組み、それぞれに快適な移動手段を用意し、予約の難しいホテルやレストランを押さえ、家族の要望に応じたアクティビティを手配するのはプロにしかできません。
このようなオーダーメイドの旅行を得意とする旅行会社として有名なのがJTB首都圏のロイヤルロード銀座。2016年にはプライベートジェットを専門に扱う専用デスクも開設しています。プライベートバンクはこのような旅行会社と密に連携しています。
また、顧客が経営者の場合、海外でのビジネスマッチングなどをセッティングして、プライベートバンカーが通訳を兼ねて終始行動を共にすることもあります。いささかやりすぎかと思われるかもしれませんが、顧客と数日間行動を共にできるチャンスなど滅多にありません。出張のアテンドは顧客の信頼を強固なものにできる願ってもない好機なのです。
◎顧客の話し相手
顧客の人生に寄り添うことが仕事であるプライベートバンカーにとって、顧客からビジネス的な信頼関係を勝ち取ることは当然重要ですが、それと同じくらい重要なのが人間的信頼関係を構築することです。
特に相手が経営者の場合、家族や社員の前ではなかなか弱音を吐くこともできず、悩みを1人で抱えている人も少なくありません。もしくは配偶者に先立たれ、子供たちも独立し、普段は1人で暮らしている富裕層もたくさんいます。
そのような場合、一流のプライベートバンカーは、普段の仕事モードから切り替えて、なかば「友人」として顧客の愚痴を聞くことがあります。
バンク・オブ・シンガポール(BOS)のプライベートバンク部門の実情を暴いた『プライベートバンカー』(清武英利著、講談社)の中でも、若い女性アシスタントが現地に単身で暮らしている富裕層と焼き鳥屋でお酒を飲んでいるシーンが描かれています。
海外のプライベートバンクのジャパンデスクは、日本の相続税を逃れるために現地に10年以上住まないといけない「10年ルール」を実践している富裕層を相手にすることが多いからで、時間を持て余している顧客の相手をすることも立派なサービスの1つなのです。
こうした付き合い方は「日本ならでは」と思われがちですが、スイスにあるような小規模な老舗プライベートバンクは、それこそ家族ぐるみで顧客と付き合うこともザラです。
◎チャリティ活動の支援
財団や基金の設立サポートは海外のプライベートバンク各社もかなり注力しているサービスで、それは裏を返せば、海外の富裕層にとって慈善活動はそれだけ大きな意味を持つということです。
日本でもサントリーやベネッセのオーナー家が財団を設立しているのは有名な話で、財団が同社の大株主にも名を連ねています。たとえばベネッセの大株主の福武財団は、同社最高顧問でありオーナー家の福武總一郎氏が個人資産を寄贈し、設立したものです。美術館運営などを通して地域文化や芸術の発展に貢献しています。
またソフトバンクグループの孫正義社長は、2016年末に自らの私財で海外留学を支援する「孫正義育英財団」を立ち上げ、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授が副代表理事を務めています。
同財団が公表している資料の評議員一覧を見ると、野村ホールディングスとスイスの老舗プライベートバンク、ジュリアス・ベアのCEOが名を連ねていることがわかります。推測の域を出ませんが、特に後者のジュリアス・ベアについては財団設立に関わっていることが予想されます。
富裕層が財団を設立する動機は「社会貢献」が主たるものであることは間違いないものの、「社会的評価」や「税金対策」といった思惑も混ざっていると考えるのが自然でしょう。