元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。
その世界的な活躍にもかかわらず、日本で活動する外資系プライベートバンクは4社のみとなっています。今回はその理由から分かる、日本のプライベートバンクの強みを見ていきましょう。
日本で活動する外資系プライベートバンクは4社のみ
前回書いたように、現在、日本市場に参入してプライベートバンク業務をおこなっている外資系企業はスイス系の4社しかありません。
先進国にしては異常に少ないと思いませんか?
その背景には、シティバンクが何度も行政処分を受けたように、監督庁の厳格な規制があります。また、日本人の富裕層の多くが資産を増やすことよりも資産承継や事業承継といった、日本独特の法務や税務が複雑に絡んでくる領域に関心が強いことも大きな理由です。
極端な累進課税制度をとる日本は、住民税を含めた所得税と相続税(や贈与税)の最大税率は55%。また、株式投資など譲渡所得や配当所得に対しても約20%が課税され、先進国のなかでも非常に高いのが現状です。
よって富裕層からすれば、お金を増やすとか守るといった次元ではなく、「まずは減らしたくない」という思いを持つのは当然なのです。
そうした富裕層のニーズに応えるためには、日本の法制度や商習慣などを熟知していなければなりません。私が在籍していた野村證券も金融商品のノウハウもさることながら、税金対策について競合他社の先を行ったことで顧客数を伸ばしてきたといってもよいくらいです。
日本の富裕層に対して、「そんな細かいことをしていないで、海外に資産を移転させませんか?」と、海外から秘密裏にアプローチしてくる外資系プライベートバンクもいます。その多くはかつて日本に進出し、今では撤退した外資系プライベートバンクで、現在アジアの本部があるシンガポールや香港からアプローチをしてくるケースが一般的です。
ただ、2015年7月から資産の流出を防ぐための「出国税」の課税が始まり、海外への資産移転の効果は激減してしまいました。「出国税」とは、株などの資産を1億円以上保有する日本人が非居住者になるタイミングで、その株などを譲渡したものとみなして課税をする取り決めです。
また、日本でそうした「資産フライト」の斡旋を大っぴらにしてしまうと金融庁の目が光るので、海外からの営業活動はかつてほどの勢いはなくなったと感じています。同時に、国内にしっかり根を張って活動しているクレディ・スイスやUBSは、海外への資産移転の提案についてはかなり慎重になっているようです。
このように、日本の税制は複雑なうえに変更も多いため、ローカルではない外資系プライベートバンクが富裕層のニーズに応え続け、生き残ることは容易ではありません。そもそも税制の相談を受けられるのは日本の税理士だけと法律で決まっており、海外のプライベートバンカーが日本に出張してきて富裕層の税務相談に乗ることは許されません。
その点、大手銀行や大手証券をはじめとする日本の金融機関は、税制スキームの最適化戦略に強い税理士法人(山田&パートナーズ、辻・本郷税理士法人、タクトコンサルティングなど)と密に連携してソリューション提案ができることがメリットになっています。
日本人の富裕層が日系のプライベートバンクを使うメリットは税務だけではありません。
日本は契約社会ではないために、事業承継でも資産承継でも、家長が亡くなった後のトラブルが絶えません。そうしたトラブルを未然に防いだり、円滑にトラブルの処理を進めたりすることもプライベートバンクの大事な業務であり、場合によってはプライベートバンカー自らが人間関係の調整に当たることもあります。こうしたきめ細かい対応はやはり日本人同士にしかできないことでしょう。
要は同じプライベートバンクであっても、日本だけは若干ゲームの種類が違うのです。レスリングの世界チャンピオンであっても相撲の土俵では勝てないのと似ています。これが、外資系プライベートバンクが日本に少ない理由です。