スティグリッツ教授(写真中央)は、排出量を決めてから炭素の価格を市場に委ねるという手法は、排出量の配分の公平性を担保できないというそもそもの欠点があるのに加えて、投機による炭素価格の不安定化を招く可能性が高く、環境関連投資のタイミングを難しくし、低炭素経済実現の牽引車にはならないと警告する。写真は、10月9日~11日にデンマークのコペンハーゲンで開催されたプロジェクトシンジケート主催の世界エディターズフォーラムでパネルディスカッションに臨むスティグリッツ教授。 (c)Wiktor Dabkowski |
「温暖化対策には排出権取引よりも国際炭素税が有効」「ポスト京都議定書の年内合意は不可能」――。国際的な温暖化対策を決する、ある重大な会議を前に、欧米の経済学者の間から、このところ穏やかならぬ発言が増えている。
ある会議とは、12月7日から2週間の予定で、デンマークの首都コペンハーゲンで開かれる第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議、通称COP15のことだ。京都議定書に定めのない2013年以降の温暖化対策の国際的枠組みを固める“最後のチャンス”であり、各国とも排出削減目標の国際合意にこぎつけようと、水面下で協議を繰り返している。だが、複数の著名な経済学者の間から、排出権取引を前提とする現在の交渉のベクトルは間違っているとの批判がわき起こっているのだ。
ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授は、その筆頭格だ。かねてよりキャップ・アンド・トレード(排出量の上限を定め、過不足分を売買する制度)を前提とする排出削減目標設定のアプローチの欠陥を指摘し、温室効果ガスの排出に課税する国際的な炭素税の導入を提唱してきたが、最近になってさらに舌鋒鋭く持論を展開している。
10月中旬にコペンハーゲンで開かれた国際会議(プロジェクト・シンジケート主催の世界エディターズ・フォーラム)では、昨年来の金融危機が不正やクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義、すなわち一部エリートが政府官僚と結びつき富を拡大させる官民癒着)の存在を改めて明らかにしたとして、「年に数兆ドルもの排出権を(政府が)割り当てることは、想像し得る最悪の振る舞いを招く」と警告した。
元メキシコ大統領のエルネスト・セディージョ・イェール大学教授も同様の考えを示した。「(特に)途上国での排出権取引は、無償の排出権を求める企業のロビー活動に結び付くだけでなく、おおっぴらな汚職にもつながる」と警鐘を鳴らした。
国際炭素税の推進派の主張は、シンプルだ。排出権取引は市場重視のメカニズムと言われながら、実際には政府による排出権の配給にほかならず、ロビイングや汚職を助長しかねない――。加えて、投機の対象となるため炭素の価格は安定せず、企業側の中長期的視野での排出削減努力や環境技術開発意欲を削ぐ――。逆に、税金ならば、炭素のコストが明確化するため、計画的な取り組みやイノベーションを促進しやすい、というわけだ。