安倍政権は「謙虚さ」を忘れ
すっかり元の傲慢な姿に戻った

 内閣支持率が回復し始めたことで、安倍政権はすっかり元の傲慢な姿に戻ってしまったようだ。安倍政権の支持率急落は、そもそもを辿れば、森友学園・加計学園問題に典型的に見られるように、首相の「知り合い」「お友達」に便宜を図ったとされる「権力の私的濫用」が国民の怒りを買ったことにある(2017.6.6付)。だから、特に都議選で惨敗した後、安倍首相は国民の怒りを鎮めるために、非常に謙虚に振る舞ってきた。しかし、支持率が戻り、首相が衆院解散を決断した時には、その謙虚さはきれいさっぱりどこかに捨てられたようだ。

 安倍政権は、国会審議を行わず、衆院を解散するためだけの臨時国会の召集日を決めた。これに野党は一斉に反発した。民進党は「解散のために開会したいというのは憲法違反」との理由で衆院議院運営委員会の理事会を欠席した。前原誠司代表は「立法府、国権の最高機関を愚弄する行為だ」と、与党の対応を厳しく批判した。「学校法人加計学園などを巡る問題への説明が必要だ」とも抗議したが、与党は全く応じなかった。

 この対応には、与党内からも懸念の声が出ている。山本一太参院議員は、「国民の目には『安倍総理が国会での疑惑追及を逃れるために解散する』みたいに映る」「『選挙に勝つためには何でもやるのか』という批判も起こるだろう」などと指摘している(「山本一太オフィシャルブログ」)。

 当然のことながら、野党側は「安倍政権の強引な国会運営」を衆院選の争点の一つとして訴える構えを見せている。支持率低下で少しだけ謙虚な姿勢を見せてみたものの、結局「数の力」を背景に野党の言い分を一切聞かず、安保法制、共謀罪など強行採決を繰り返した以前の安倍政権と、なにも変わらなくなった。口では「謙虚に」とか「信なくば立たず」とか、なんとでもいえるが、人間性の本質というものは、そう簡単に変わるものではないということだろうか。

「安倍一強」を支えてきた
日本の多数派、「中流」の正体

 しかし、野党がバラバラで、選挙をするならこのタイミングだという安倍首相の思惑通りに物事が進むとは限らない。内閣支持率は少しずつ戻りつつあるが、問題はその中身である。確かに、安倍政権・自民党の強固な支持層である業界団体や保守系団体の支持は盤石かもしれない(2016.11.8付)。一方、これまで第二次安倍政権発足時から獲得してきた「無党派」と呼ばれる層の支持は戻っていないと指摘されている。

 特に、各種世論調査において「首相の人柄が信頼できない」という問いに「Yes」と答える率が高いことが気になる。「無党派層」は、自民党という組織に対して強い帰属意識がない。首相個人に対する「信頼」をなくすと容易には戻らず、強い批判票に変わるかもしれない。安倍政権がそのことを読み違えて、従来通りの強引なやり方を続けると、選挙で厳しい結果が出る可能性がある。