西新宿に実在する理容店を舞台に、経営コンサルタントと理容師が「行列ができる理容室」を作り上げるまでの実話に基づいたビジネス小説。「小さな組織に必要なのは、お金やなくて考え方なんや!」の掛け声の下、スモールビジネスを成功させ、ビジネスパーソンが逆転する「10の理論戦略」「15のサービス戦略」が動き出す。
理容室「ザンギリ」二代目のオレは、理容業界全体の斜陽化もあって閑古鳥が鳴いている店をなんとか繁盛させたいものの、どうすればいいのかわからない。そこでオレは、客として現れた元経営コンサルタントの役仁立三にアドバイスを頼んだ。ところが、立三の指示は、業界の常識を覆す非常識なものばかりで……。
12/6配本の新刊『小さくても勝てます』の中身を、試読版として公開します。
「なんかええアイデア出てきた気がする」
オレは、他に誰もいない「ザンギリ」で、いつの間にか気持ちよさそうに眠ってしまった立三さんの髪を切っていた。
――「髪を切っている間、経営を教えてほしい」って頼んだのに。
「髪を切り終わりましたよ」
「おっ」
立三さんは目を開いた。
「顔剃りと洗髪は?」
「日曜日はビルの給湯が止まってるんで、顔剃りや洗髪はできないんですよ」
やはり、無料のカットモデルだし、そこまではできないとキッパリ言った。
「そうか。なんか、髪の毛がモサモサするなあ……」
立三さんは諦めが悪い。悲しそうな顔をして鏡の中のオレをじっと見ている。
「水で洗いますか?」
オレは立三さんの目力に負けて言ってしまった。
「スッキリしたら、なんかええアイデアが出てくる気がするんや」
「そうなんですか?」
なんか騙されているような気もしたが、オレは「ええアイデア」を聞いてみたいという衝動に負けた。
「スッキリするシャンプー使いますか?」
「そんなんあるんか?」
「あります。そういうのも置いてます」
オレはメントール系のシャンプーを使って、水で立三さんの髪を洗った。
洗髪用のブラシで脳天をゴシゴシやると、「ホー、ホー」と気持ちよさそうに声を上げる。
「髪を洗ってもらうのって、なんでこんなに気持ちがええんかな」
「それ、前にも言ってましたよ」
「そうか。人間、大事なことは繰り返して言うからな。洗髪というのは人間にとって、よっぽど大事なんやな」
濡れた髪をタオルで拭いていると、立三さんはしみじみと言った。
「おかげで、なんかええアイデア出てきた気がする」
「おー、なんですか、それ?」
オレは、1オクターブ高くなった声で聞いた。
立三さんは一瞬考える様子を見せた後、「この辺りまでは出てきてるんやけどな。もうちょっとのとこなんやけどな」と自分の首筋を手のひらでパンパンと2回叩いた。
「え、肩を揉めってことですか?」
「揉めとは言っていない。魚心あれば水心。水がなければ魚は泳げない。わかる?」
立三さんはオレを見てニヤリと笑った。
――やっぱり、オレを騙そうとしてるんじゃないか……。