ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。しかし、現在のビジネスモデルは、あまりにも利益を得る仕組み、すなわち、マネタイズ(収益化)に対する理解が少ないと言えます。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。本連載は、今回から対談形式でお届けします。今回登場していただくのは、レーシングドライバーであり、医療法人/社会福祉法人・さわらび会の経営者でもある山本左近氏です。世界で20人しかない超・競争社会を体験した元F1ドライバーは、F1のマネタイズをどう考えていたのでしょうか。また、F1と医療のマネタイズの共通点は、あるのかなどについてお伝えします。
次のマネタイズを作るために
川上 医療法人/社会福祉法人の経営者として、マネタイズについてはどうお考えですか?
山本 お金は目的でなく、手段です。それがあるからこそ、できることや守れるものがある。そう思っているので、マネタイズという視点もとても重要視しています。
経営に携わった1年目に、それまで作成していた貸借対照表と損益計算書以外に、キャッシュフロー計算書も作成し、キャッシュフローがいかに大切か職員の皆さんにお伝えしていました。
川上 それまでは甘かったと思いますか?
山本 というより、時代がそれで通用していたのだと思っています。医療は違いますが高齢者福祉は、2001年に介護保険が導入されて市場経済が入るまでは、基本的には措置の時代だったので年間予算を使い切ることがすべてでした。
でも、これからは人口減になるのは明らかですし、ゆるやかには生きていけません。今、政府は、高齢化に伴う自然増が6300億円と見込まれる社会保障費の伸びを5000億円に抑えようとしています。それに大きく影響されるのが、来年度に改定される医療機関に支払われる診療報酬と、介護事業所に払う介護報酬の改定率です。
ここから分かるのは、今以上にお金がもらえるということは、現実的でないということ。それでも施設を維持するには、コスト削減を考え、同時にうまく投資できないか考えなければなりません。
川上 次のマネタイズを考えるということですね?
山本 そうですね。収益を増やすことで、より多くの従業員に還元し、患者さんにはよりよいホスピタリティを提供していきたいですね。
一方で、福祉現場の平均所得が低いことがクローズアップされますが、「1万円増やすために、1万円の生産性をどうやって上げるか真剣に考えている?」と思うことがあります。AからB地点に30分間歩いていった人と、AからB地点まで車で出かけて5分で到着してそのあとの時間を有意義に使った人では、どちらが結果を出しているか、生産性を上げているか。
踏み込んだ話になってしまいますが、労働生産人口が減っていく社会のなかで、生産性を上げるにはどうしたら良いのかと課題に対して適切な議論をしていく必要があると思います。
川上 経済学でも労働価値説では、「労働の投入量で価格が決まる」とされています。でも、機械生産で1個あたりが安く提供できたら、そのことがもっと評価されてもいいという話にもつながりますよね。
山本 そうですよね。
AI時代になっても、福祉の仕事は機械で代替できない
川上 AIについてはどう思いますか。介護や福祉の現場は、AIが入りにくいような気がするのですが。
山本 全体的にいえばAIに取って代わられる職業、代わられない職業50の中で、医療福祉は代わられない方に入っていました。「対人間」なので予測不可能なことが多すぎるからですね。
ただ個別で言えば、例えば、放射線科医の読影需要は激減するのではないかと言われています。MRI、CTなどの画像診断などは、AIがネット上につながった何億というサンプル画像から瞬時に診断結果を抽出してくれると言われています。
AIができる部分は代替し、でも、「人と人」のコアな部分は求められ続けると思います。
川上 そうですね。「自動運転になるとタクシーの運転手はいらなくなる」と言われていますが、AIは必要最低限のことしかやってくれませんから、僕は、逆に、きめ細やかな配慮ができるなど、顧客目線のサービスを提供できる運転手さんの価値は高まると思っています。むしろ、従来よりも高い報酬に結びつく可能性はあると思っています。
山本 開業医の先生で患者さんがひっきりなしに訪れるところは、医療の質が高いのはもちろんですが、「あの先生は、話を聞いてくれる」「優しくて、明るい」など物腰が柔らかい人が評価されることが多いですよね。
それが顧客価値を高めることにつながるんですよね。ホスピタルもホスピタリティも同じ語源をもちます。それは「お互いの立場で思いやること」。私たちも、患者さんと接するとき、「自分や自分の家族だったら、どうしてほしいか」を念頭に置きながら、自分たちが受けたら嬉しい医療や福祉がどういうことなのか考えて続けていきたいです。
川上 その話で言うと、顧客ロイヤルティを数値化する指標はいくつかありますが、ある指標では、最後の質問が「あなたはこの企業(製品/サービス/ブランド)を友人や同僚に薦める可能性は、どのくらいありますか?」です。大切な人にそれをすすめられるか?
要は、企業側は、顧客が真に求める商品やサービスを提供しているか問われているわけです。左近さんは、顧客満足度調査などは行っていますか?
山本 はい。それまで年に1回だった顧客満足度調査を2回に増やして実施しています。1~7の7段階あり、1、2、3が悪くて、4、5が普通で、6、7が良いだとしたら、僕は、普通以下の1~5までを全部ネガティブと見て、その理由を分析していきます。
川上 4、5の普通も「ネガティブ」だと?
山本 ええ。「良い」には、「特に文句はない。普通ぐらいかな」という人も含まれると思っているんです。ちょっと気にかかっている人は、「普通」以下にするのかなと。
川上 それはかなりストイックな評価方法ですね。左近さんは、どこかエラーをなくせば正常に走ると、ずっとバグ取りをしているのですね(笑)。
山本 そうかもしれません(笑)。
人は、質の高い人のつながりを持っているときに幸せを感じる
川上 最後に、今後のさわらび会をどう展開していきたいか教えてください。
山本 今年の8月15日に55周年を迎えたのを機に、「これからの55年」というNEXT55ビジョンを策定しました。「みんなの力でみんなの幸せを守る」という理念に立ち返ったとき、「人の幸せって何だろう?」と考えたら、ハーバード大学の研究などで「人は、質の高い人のつながりを持っているときに幸せを感じる」ことが判明していたことを知ったのです。
ここで、父が福祉の仕事を始めた原点とリンクしました。父は、ある1人の患者さんを治して退院させましたが、その方が、しばらくして死後数週間経って発見されたのです。いわゆる孤独死です。父は、その事実に大変ショックを受け、医師として病気を治すだけでなく、生活も守らなくてはと考えて福祉の世界に入りました。
川上 そうだったのですね。
山本 これからの55年も、「人を孤独にさせず、質の高いつながりを作る」ことは同じですが、これを日本にとどまらず高齢化していく世界にも目を向けたい。日本が先駆的に持っている医療や介護の経験を生かして、世界の医療や介護の現場で手を差し伸べたいと思っています。
川上 世界中の困っている人を助けたいというのは、左近さんのF1ドライバーとして世界を転戦されたフィロソフィーもあるのですね。
本日は、どうもありがとうございました。
山本 こちらこそ、どうも、ありがとうございました。
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
※次回は、12月15日(金)に掲載予定です。