ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。しかし、現在のビジネスモデルは、あまりにも利益を得る仕組み、すなわち、マネタイズ(収益化)に対する理解が少ないと言えます。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。本連載は、今回から対談形式でお届けします。今回登場していただくのは、レーシングドライバーであり、医療法人/社会福祉法人・さわらび会の経営者でもある山本左近氏です。世界で20人しかない超・競争社会を体験した元F1ドライバーは、F1のマネタイズをどう考えていたのでしょうか。また、F1と医療のマネタイズの共通点は、あるのかなどについてお伝えします。
F1と医療福祉の共通点とは?
川上 F1ドライバーとして活躍した山本左近さんが、現在はテレビ解説などの活動もしてはいますが、実は、医療法人/社会福祉法人さわらび会の経営者でもあるというのは、知らない人も多いと思います。まずは、なぜ医療法人/社会福祉法人の仕事に携わるようになったのか教えていただけますか。
山本 さわらび会は、1962年にわたしの父が開業した愛知県豊橋市の山本病院が出発点になっています。脳卒中のリハビリ病院として始まり、以後、いち早く認知症のケアに取り組み、その後、病院だけでなく、身体障がい者、知的障がい者のために福祉施設や高齢者の住居や特別養護老人ホームなどの施設を同じ敷地内に整備し、共生できる場所、福祉村をつくりました。
「みんなの力でみんなの幸せを」の理念を基に、みなさんが自立を目指してリハビリや訓練を受けるとともに、お互いに助け合って暮らすことを目的に運営しています。私は、2012年からさわらびグループの経営に携わるようになりました。
川上 F1と医療福祉というのは、一見すると、まったく接点がないように感じる人も多いと思いますが、いかがでしょうか?
幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少 F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。日本語、英語、スペイン語を話すマ ルチリンガル。 https://sawarabigroup.jp/
山本 そうですね。たしかに、かけ離れていると思います。F1は世界を転戦する派手な世界ですが、医療は地域密着型の地味な仕事といえばそうですから……。「なんで? もったいない!」などと言われたことはありましたが、僕の中では明確な共通点があります。
川上 どんな点が共通していますか?
山本 どちらも、各分野の専門職が一つの目的を達成するために集まったチームであることです。F1は、チーム全体を統括して陣頭指揮をとるチームオーナーを中心に、僕のようなドライバー、ピット内で直接マシンの各部微調整作業を行うメカニック、ドライバーやメカニックから得られる各種フィードバック情報を整理するエンジニア、さらには輸送を管理するコーディネーターや専属のシェフなど、多数のスタッフがいて成り立っています。
かたや病院も、ドクターやナース、介護士がいて、患者さんの食事を管理する管理栄養士がいて、医療事務スタッフもいるなどそれぞれの専門家が集まっています。チームが一丸となって目的を達成するために何ができるか、戦略や戦術を考えていくところなどは共通していますよね。
川上 ビジネスモデルという観点から見ると、「最適なパフォーマンスを出すために、プロ集団という集まりをうまく一つの力に結集させてアウトプットする」と言えると思います。
山本 そうですね。チームの力を結集させた結果、F1なら、「速く走って優勝する」という目的のため「1000分の1秒縮められたか」。医療なら、私たちさわらび会の場合「みんなの力でみんなの幸せを守る」という理念のため「患者さんに対する医療の質が向上したか」に反映されるのだと思います。
川上 「1000分の1秒縮められたか」を競う。世界で10チーム20人しかない超・競争社会で走り続けるのは並大抵ではないですね。
山本 3回もワールドチャンピオンになった故アイルトン・セナは、「F1は、猛スピードで下り続けているエスカレーターを駆け上がり続けているようなものだ」と表現しています。全速力で上に行こうと下りのエスカレーターを逆向きに走っても、ほんの一瞬、緩んだ瞬間にあっという間に下がってしまいます。日々全力で走り続け、それでもさらなる上を目指さなくてはならないので相当なプレッシャーとの闘いでした。
川上 F1というスピードが速すぎる世界にいると、時間が進むのが速く感じられ、乗っている間に歳をとってしまう感覚になりそうですね。
山本 なりますよ。僕だけでなくチームの関係者も「F1の3ヵ月って大昔と一緒だよね」という話をよくしていました。物理的には1週間前のことが感覚的には1ヵ月前ぐらいに感じます。
僕が最後にF1に乗ったのは、2011年。6年も前のことですから「僕って、本当にF1ドライバーだったかな?」と思うほどです(笑)。
PDCAを回すことでバグ出しをする
ビジネスブレークスルー大学 客員教授
「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)は、経営コンサルティングの規範的研究であるとして第41回日本公認会計士協会・学術賞(MCS賞)を受賞。ビジネスの全体像を俯瞰する「ナインセルメソッド」は、さまざまな企業で新規事業立案に用いられ、自身もアドバイザーとして関与している。また、メディアを通じてビジネスの面白さを発信している。その他の著書に『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』(かんき出版)、『ビジネスモデル思考法』(ダイヤモンド社)、『そのビジネスから「儲け」を生み出す9つの質問』(日経BP社)など。 http://masanaokawakami.com
川上 昔、IT業界など情報技術分野の進化の早さを、犬の1年が人間の7年に相当するとことに例えてドッグイヤーと呼ばれていました。今は、それとは比較にならないぐらい、ごく短期間のうちに急激な成長を狙うスタートアップやテック系企業なども増えてきましたが、それすらも、左近さんにはゆったり感じてしまうのかもしれませんね。
山本 2012年に、僕が今の医療法人福祉法人に携わるようになって感じたのは、「どうして、みんなこんなにのんびりしているんだろう?」ということでした。まったくサボっているわけではなくて一生懸命やっているんだけど、そう見えてしまったのです。
F1の世界では、昨日と今日、今日と明日が同じことは絶対にない。それが当たり前の感覚になってしまうと、昨日と今日同じことをやっているのを見ると違和感があったのです。
川上 超高速でPDCAが動いている感覚なんでしょうね。
山本 まさに、そうです。ビジネスの現場で、事業プランを考え、実行し、評価して、改善するPDCAを回しながら、「F1の世界でも、同じことをずっとやり続けていたな」と気づきました。
例えば、レーシングカーをセッティングするとき。事前にエンジニアがサーキットのコースのレイアウトに合わせて最適だろうというプランを作り、ドライバーはフリー走行と呼ばれる練習走行で実際に走ってみて「車が滑りやすかった」など、そのフィーリングをエンジニアにフィードバックします。それを改善するために、リアウィングを立てるとか、車高を下げるとか、その手段をエンジニアが提案し、ドライバーと相談しながら決めて変更する。まさに高速でPDCAを回していたのです。
川上 しかも、そのPDCAは1回では終わりませんよね?
山本 はい。90分のフリー走行の中で、4、5回PDCAを回すこともありました。リアウィングの角度は1度だったり、車高の調整は0.5mmだったり、そんな微調整が必要でしたから。
川上 PDCAを回すことで、バグ出ししている感覚ですね。
山本 本当にそうですね。
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
(第2回につづく)
※次回は、12月1日(金)に掲載予定です。