ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。しかし、現在のビジネスモデルは、あまりにも利益を得る仕組み、すなわち、マネタイズ(収益化)に対する理解が少ないと言えます。マネタイズは、将来の顧客価値提案のためにあり、それを度外視して決めることはできません。それほど密接に関係しているにもかかわらず、別々に取り扱われていることが多いです。
本連載では、最新作『マネタイズ戦略』を上梓した経営学者の川上昌直氏がマネタイズの基本的な考え方をお伝えしたあと、実業界で活躍している経営者や人気クリエイター等との対談を通して、マネタイズについて、顧客価値提案についてどう考えているかを明らかにしていきます。

マネタイズは、将来の顧客価値提案のためにある

マネタイズは、将来の顧客価値提案のためにある

 これまで、長年ビジネスモデルを研究してきた立場からすれば、現在のビジネスモデルの取り扱われ方には違和感を覚える。あまりにもマネタイズ(収益化)に対する理解が少ないからだ。

 ビジネスモデルとは「顧客を満足させながら、企業が利益を得る仕組み」である。

 顧客を満足させるだけでもなく、企業だけが一方的に利益を得るだけでもなく、その両方を可能にするための考え方を示すものである。

 しかし、ほとんどの企業において、「顧客を満足させる」という顧客価値提案ばかりに関心と注目が行き、肝心の「企業が利益を得る」というマネタイズがおざなりになっている。

 もちろん、顧客価値提案は企業にとっての最重要課題であることはいうまでもない。企業の存在価値や社会的意義をつくりだすため、当然、そこには注力するべきだ。そのため、マーケティング書をはじめとして、さまざまな成熟化した議論が交わされるようになってきた。

 だが、他方でマネタイズについては、どうか。ほとんど議論がなされていないのが現状だ。

 特に、日本ではまだ「儲け」や「利益」に正面から向き合うことにためらいがあるのか、マネタイズについて触れられる頻度は、顧客価値提案に比べてあまりにも少ないといえる。

 さらに、経営学分野でのマネタイズの研究ともなると皆無に等しい。こんなことでは、将来の斬新な顧客価値提案など生まれるはずもない。なぜなら、マネタイズと顧客価値提案は、つながっているからだ。

 イノベーションには投資が必要である。その原資は、融資でも増資でもなく、企業が自ら蓄積した内部留保であることが望ましい。自分で稼いだ資本は、結果が見えない「不確実性」に投下しても、文句をいわれないからだ。

 そう、マネタイズは将来の顧客価値提案のためにあるのだ。

 それだけではない。

 マネタイズとは収益化であるから、誰かから何かを対象として、どこかのタイミングでお金をもらうという意思決定でもある。それは、特定の顧客から特定のサービスで実現することもあれば、顧客以外の誰かから顧客には見えないサービスで、ということもある。

 つまりマネタイズは、顧客価値提案を度外視して決められないのだ。

 顧客接点であるタッチポイントと、マネタイズをする課金ポイントは、表裏一体であるともいえる。

 顧客接点(タッチポイント)を多くとればとるほど、一面的には手間がかかりコストがかかるように見えるが、それはそのまま課金ポイントにもなりえる。したがって、そこから莫大な収益がもたらされるきっかけになる可能性もある。

 このように、顧客価値提案とマネタイズは密接に関係している。にもかかわらず、ビジネスモデルの枠組みにおいてすら、それらが別々に取り扱われていることは、違和感以上に残念な気持ちにさせられる。

 今の日本企業は、顧客価値提案とマネタイズを分けて考えることで、ビジネスの本質を見極める力を失ってしまっているといっても過言ではない。

顧客価値提案とマネタイズを融合する

 本連載のテーマは、これまでビジネスモデルの分野でもおざなりにされてきた、「顧客価値提案とマネタイズの融合」である。

 ふさわしいマネタイズとの融合によって、顧客価値提案はさらなる収益化を可能にする。

 また、ふさわしい顧客価値提案の融合によって、マネタイズが新たなビジネスへと昇華することにもなる。この点をみなさんにお伝えし、体得していただくことが目的である。

 本連載の想定読者は、次のような方である。

 ・事業変革を試みる大企業の経営陣
 ・新規事業創出を任されるプロジェクトリーダー
 ・業界の覇権をくつがえそうとする起業家とその予備軍
 ・すでにチームの舵取りを任された方
 ・新たなビジネスの方向性を模索するビジネスパーソン

 たとえば、あなたがある程度コモディティ化(同質化)した製品やサービスを扱っているとしよう。

 B2Bの事務機器、食品メーカーへの原料提供、不動産販売、あるいは会計事務所など、他社も同じようなものを取り扱っており、もはや価格を下げることでしか顧客を惹きつけられないと悩んでいる。しかも、値下げが原価に近づき、それすら限界にきている……。

 実は、そんなときほど、顧客価値提案のみではなく、マネタイズの視点を取り入れることで、新たな発想やブレークスルーが可能になるのだ。

 商材がコモディティ化しているビジネスほど、顧客とのタッチポイントは多い。営業は足しげく通い、顧客に尽くしているからだ。さきほども述べたように、それは課金ポイントとも読み替えらえる。

 マネタイズの骨子は、それらタッチポイントからすべて課金して儲けるという単純な話ではない。

 たとえば、あなたが扱う商材で儲けるために、あえて儲けないポイントをつくって顧客に奉仕することで、コモディティ化の泥沼から一歩抜け出すことができる。別の人に頼めばお金がかかることでも、あなたに頼めばほとんどコストゼロ(商材価格だけ)で済めば、先方の担当者はあなたを決して手放そうとはしないはずだ。

 実際に、筆者の周りを見渡しても優秀なビジネスパーソンほど、そのようなことを感覚的につかんで実践している。

 たとえば、アイデアに枯渇する食品メーカーにただでメニューを提案することで商品を購入してもらっている食品原料会社の営業マン。コンサルタント並みの相談を受けるが、そこでは課金せずに高い税務顧問料金をとっている税理士、などがいる。

 しかも、儲けないポイントでも、顧客に対して一切手を抜かないところにコツがある。マネタイズの視野を融合することで、このような一歩抜きんでる発想が実現する。マーケティングだけを勉強していたのでは、決してこのような発想は生まれてこないだろう。

先進的なケースからマネタイズの実際を学ぶ

 マネタイズは「誰から儲けて誰からは儲けない、どこで儲けてどこでは儲けない、今儲けなかったらいつ儲ける」といった、これまであまり考えたことのない疑問をあなたに投げかける。

 このように、顧客価値提案とマネタイズのつながりから知見を得て、経営者にはビジネスのあり方を、ビジネスパーソンには目の前の仕事のあり方を、これまでとは違った新たな視点で向き合い、現状を打破するヒントを得ていただけるものと確信している。

 とはいえ、みなさんにとってマネタイズは顧客価値提案よりもなじみが薄い。先述の通り、マーケティングと異なり、類書もほとんど見られない。そのため、セオリーを振りかざしても「話はわかるが、どうすればいいの?」といいたくもなるだろう。

 そこで、本連載では、実際にブレークスルーを遂げてきた国内外の企業をケースとしてとりあげ、顧客価値提案とマネタイズをいかに融合させながら事に当たるのかを紹介する。

 また、実業界で活躍している経営者や人気クリエイターとの対談を通して、彼らがマネタイズと顧客価値提案の関係についてどう考えているのか等を明らかにしていく。

 これにより、「顧客価値を利益に変えるにはどうしたらよいのか、そこから発展して、利益のとり方を変えつつ新たな顧客価値を生むにはどうしたらよいのか」、といったポイントがよりはっきりと理解できるはずだ。

 楽しみにしていただきたい。

川上昌直(かわかみ・まさなお)
博士(経営学)

兵庫県立大学 経営学部 教授
ビジネスブレークスルー大学 客員教授
「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)は、経営コンサルティングの規範的研究であるとして第41回日本公認会計士協会・学術賞(MCS賞)を受賞。ビジネスの全体像を俯瞰する「ナインセルメソッド」は、さまざまな企業で新規事業立案に用いられ、自身もアドバイザーとして関与している。また、メディアを通じてビジネスの面白さを発信している。
その他の著書に『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』(かんき出版)、『ビジネスモデル思考法』(ダイヤモンド社)、『そのビジネスから「儲け」を生み出す9つの質問』(日経BP社)など。
http://masanaokawakami.com

※次回は、11月24日(金)に掲載予定です。