ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。しかし、現在のビジネスモデルは、あまりにも利益を得る仕組み、すなわち、マネタイズ(収益化)に対する理解が少ないと言えます。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。本連載は、今回から対談形式でお届けします。今回登場していただくのは、レーシングドライバーであり、医療法人/社会福祉法人・さわらび会の経営者でもある山本左近氏です。世界で20人しかない超・競争社会を体験した元F1ドライバーは、F1のマネタイズをどう考えていたのでしょうか。また、F1と医療のマネタイズの共通点は、あるのかなどについてお伝えします。
「振り返り」と「再現性」が大事なことをF1のレースから学んだ
川上 医療や福祉の現場は、「定量的」ではなく「定性的」になりやすい側面がありそうですね。
山本 「対人間」なので、定性的な部分が必ず生まれます。そして、それが怖いのは、自分たちの独りよがり、自己満足に陥りがちなことです。
また、この道30年の知識や経験豊富なベテラン看護師さんがいても、その人もいつかは辞める日がきます。ベテランの人は、患者さんの様子をぱっと見ただけで「この患者さんは、今、お水が足りてないのかな」と瞬時に判断して水分を多めに与えて脱水症状を防ぐことができますが、こうした気づきを視える化し、丁寧に記録をとっていれば定量化できるはずなんです。
だから、僕が経営に携わって以降は、積極的に定量的な分析、定量的な判断を取り入れるようにしました。
川上 定量化することで再現できる可能性があるということですね。定量化することで、振り返りもできますよね。
山本 まさに、その「振り返り」と「再現性」が大事だというのは、F1のレースで学んだことです。やりっぱなしでは、進歩しているのか分からない。必ず振り返りをして、自分たちが正しい道に進んでいるのかを逐一確認していましたから。
笑顔の度合いを7段階で定量化する
川上 一方、医療の現場において定量化に限界があると感じることはありますか?
山本 必ず限界値はあります。でも、「だから、やらない」は違うと思うんですね。例えば、認知症を患っている方の中には、自身の表現ができないゆえに、ずっと怒っているように見えたり仏頂面の人がいます。
でも、コツコツとリハビリを続けると、穏やかになったり、笑顔が増えることがある。ここで、「めでたし、めでたし」で終わらせたらダメなんですね。「笑顔が増えた」って、他の人が見ても「増えたね」と判断できるにはどうすればいいのかな? と考えて、「フェイススケール」というのを導入しました。
川上 笑顔の度合いを定量化したのですか?
山本 そうです。7段階ぐらいに分けて、リハビリ前が「1」で怒っている状態だとしたら、リハビリ後はどこまで上がるのか? 「4」なのか「5」なのか。これは当然、記録者の主観です。
でも、その主観をとり続けることで、今度は、このやり方でAの患者さんで笑顔が増えたけど、Bの患者さんはどうだろう? と比較検証ができるようになります。
もしも、Bの患者さんに同じことをしてもリハビリ前後でフェイススケールの数値が変わらなかったら、「違いは何だろう?もしかしたら、Aさんは長年農家で仕事をして、Bさんは都会の大企業に勤めていた。育った環境が影響している可能性はないだろうか?」などと仮説を立てて追究できますよね。
川上 面白い試みですね。定性的な判断をするためにも、エビデンスは必要になるということですね。
山本 そうです。ただし、定量的なこと、数字だけがすべてではないとも思っています。定量的な考えに傾きすぎると、今度は、例えばリハビリをしてもなかなか良くならない患者さんに対しては、「数値が改善されないから」という理由で諦めてしまったり、あるいはその方を切り捨ててしまう危険があります。
川上 たしかにそうかもしれません。
マネタイズを変えても価値提案が同じなら、見向きもされない
山本 「その方らしく幸せに生きて頂くにはどんなお手伝いができるだろう」という想いが大事です。数字は大事ですけど、そこに傾きすぎても良くないので、定性と定量、気持ちと数字のバランスがすごく大切だと思っています。これはF1もそうで、最も速く走る車って、車体の前後のバランスがきれいにとれているのです。
川上 今の定性と定量のバランスを取るというお話は、僕がずっと研究してきたビジネスモデルに重なります。ビジネスモデルでいう定性は「顧客価値提案」を、定量は「利益を得る仕組み」、すなわちマネタイズ(収益化)を指します。
顧客価値がいくら優れていても、マネタイズがそれに適合しなければ収益化には結びつかないし、反対に、今の収益ではまずいからとマネタイズの方法を変えて起死回生を狙っても、顧客価値提案がそのままでは、お客様に見向きもされません。
山本 定性と定量、その両輪のバランスをいかにとるかが大切だということですよね。
川上 はい。ただし、現在のビジネスモデルは、あまりにもマネタイズに対する理解が乏しいと感じていたので、今回上梓した『マネタイズ戦略』では、マネタイズ思考を伸ばす方に主眼を置きながら、定量思考を伸ばすと定性思考も伸びるよという話をしています。
F1は、上位3チーム以外は
オーナーが常に資金繰りに頭を悩ませている
川上 そこで左近さんにずばりお伺いしたいのですが、F1時代、お金の話は気にされていましたか?
山本 はい。チームオーナーやマネージャーらとお金の話はかなりしていましたね。
川上 そうだったんですか?
山本 ええ。F1の運営には莫大なお金がかかりますから、ドライバーがスポンサーを連れてきてチームに支払うこともごく当たり前にありました。
川上 ドライバーがマネタイズしているということですか?
山本 そうです。例えば、エンジンフィーの予算だけを見ても、年間およそ15~20億円かかると言われますが、ホンダ、トヨタ、ルノーなどの企業がバックグラウンドについているドライバーがいれば、その15億円のキャッシュが不要になりますから。
川上 広告収入で走っているということですね。キャッシュということは、そんな大金を現物で引っ張ってくるのですか?
山本 現物支給っていう方が近いですかね。F1って、世界の10チーム中、上位3チーム以外はチームオーナーが常に資金繰りに頭を悩ませています。そのぐらいマネタイズが大変です。
レース後半になるほどお金が足りなくなるのですが、最終戦のレースまで終えなければ、F1のマネジメント会社から、翌年の運転資金になる何十億円という放映権料が支払われません。途中で資金が尽きて走れなくなると契約違反とみなされお金が入らないのです。
だから冗談で、立ちいかなくなったF1チームのチームオーナーから「左近。うちのチーム、買う?」と言われたことがあります。続けて、「1ドルでいいけど、明日から何千枚もの請求書が来るからね」と。
川上 恐ろしくランニングコストのかかる不動産を100円で買ってくれって言われているようなものですね。
山本 そうそう。でも、明日は我が身。僕が所属していたチームは下の方だったので、マネージャーと一緒に日本はもちろん世界中の企業を回ってスポンサーを見つけないと運営できないという状況も経験しました。
川上 1976年のF1世界選手権のジェームス・ハントとニキ・ラウダのライバル関係を題材とした映画『ラッシュ』で、ラウダが持参金を持ってチームを移籍するシーンを思い出したのですが、ああいうことは実際に今もあるということですよね?
山本 はい。僕のF1時代で言うと、一番大きな移籍劇だったのはスペイン出身のフェルナルド・アロンソ選手が、2009年、マクラーレンからフェラーリに移籍したのですが、このとき、スポンサーだったスペインのサンタンデール銀行ごと移ったのです。ドライバー1人が変わるだけで、移籍されたチームのキャッシュは何十億円と減ってしまいます。F1は、スポーツであり、ビジネスであり、政治でもある。だから常に、自分たちがマネタイズする意識を持つことが大事でした。
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
(第3回につづく)
※次回は、12月5日(火)に掲載予定です。