1932(昭和7)年、旧東京市は周辺の5郡82町村を編入し、「大東京市」が誕生する。当時の区の数は35。合併直後の1935年の国勢調査によると、この35区の中で一番人口が多かったのが荒川区だった。
現在、荒川区の人口は20位、昼間人口は23位だ。だが、昼夜間人口比率は0.96を数え、結構自立度が高い。歴史が培ったストックは、今も荒川区の底辺を支えている。
地震では揺れやすく、燃えやすい
23区で一番の「厳重注意エリア」
隅田川をさかのぼり荒川区に入ると、大きな蛇行が続く。それは、ここが氾濫原であることを示している。このため地盤が弱く、揺れや液状化のリスクが高い。
建物密度3位、建物の平均敷地規模22位と、小さな建物がひしめく中に、密度3位の工場や、密度6位の危険物施設が混在するから、出火のリスクも高い。さらに、不燃化率15位、平均道路幅員16位、公園面積比率18位と、延焼を遮る機能も十分ではない。
本シリーズでもしばしば取り上げてきた東京都の『地震に関する地域危険度測定調査』は、23区と多摩地域の市街化区域にある約5000の町丁目を、都が設定した危険量が多い順に並べ、上位1.64%以上を危険度5、これに次ぐ5.55%を危険度4と呼んでいる。
危険度4以上とは、ごく限られた厳重注意エリアである(都の区分は町丁目数の割合に基づくが、本稿では実態をより正確に示すため、エリア面積の割合に基づいて記述している)。
荒川区は、建物倒壊危険度4以上のエリアが過半を占める。火災危険度も、3割が危険度4以上だ。その結果、総合危険度4以上が区全体の55%、危険度5以上も2割を超える。順位で表わすものではないかも知れないが、総合的な危険度は23区で一番高い。