筆者はステルビオがデビューした当時、欧州に滞在していたが、英字の自動車雑誌で大々的に取り上げられているのを見かけた。記事のタイトルは「AUTECH ZAGATO STELVIO, NO BEAUTY!」。記事の内容も、こんなクルマを作るとは正気の沙汰ではない等々、罵倒のオンパレードであった。

 こういうクルマ作りに対し、「オーテックは滅茶苦茶だ」と揶揄する声が日産本体からも上がった。

 確かにステルビオは市場にはまったく受け入れられなかったし、次回作の「オーテック・ザガート・ガビア」はかなり大人しいデザインになった。が、「ニッサン」ではなく「オーテック」という車名を冠し、いかようにも信じ難いエキセントリックなモデルを世に送り出すエネルギーは壮絶なものがあった。

 面白いのは、オーテックジャパンの見せたプリンス流の処世術である。滅茶苦茶なことばかりをやっていたら、あっという間に批判を浴びて、敵対勢力に潰されてしまう。オーテックジャパンは破天荒なことをやる一方で、高性能モデルの開発を実質的にニスモの下請けに回って行ったり、高規格救急車、福祉車両を製作したり、はたまた「ハイウェイスター」「ライダー」といった現在も人気のドレスアップモデルを生み出すなど、日産に遊撃的に貢献もしてきたのだ。

「破天荒な物語」は消えることはない?
ニスモの亜種に終わってしまっては残念

 設立から30年余。日産がルノー傘下に入ってぼちぼち20年の呼び声も聞こえようかという今日、オーテックジャパンにすでにそのプリンス的な気質はいくらも残っていない。