もちろん、幸福な家庭に育ち、充分な教育を受け、安定した職業に就いていた人もいる。しかしそうであったとしても、足もとの「薄氷」が穴だらけか一枚板か、消えそうなのか割れそうなのか程度の違いしかない。

日本国内に「棄民」を
生み出すことは許されるのか?

 では、生活保護で暮らす現在と自分について、彼ら・彼女らはどのように受け止めているのだろうか。

「2013年の引き下げのとき、直前に生活保護バッシング報道があったため、医療を受けづらくなりました。生活保護の『医療券』を病院で出したくありませんから。これから、また生活保護の引き下げがあると、報道で差別が広がり、生活保護がバレないように生活しなくてはならないでしょう。辛くてなりません」(九州・女性・60代・障害のある30代の子どもと2人暮らし)

本連載の著者・みわよしこさんの書籍『生活保護リアル』(日本評論社)好評発売中

「厚労省に『あなたは、消えてください』と言われているような気がします。文化的な生活? できません。棄民されて近所の目が辛いです」(関東・女性・年齢不明・家族構成不明)

 世の中から隠れていなくてはならない「棄民」――。自分を「棄民」と考えている人々が、日本に確実にいる。その人々が事実上の「棄民」となってしまう事情は、貧困であることと生活保護を必要としていることだけだ。

 資産がなく収入の少ない人々が「生きたい」と望んだら「棄民」になってしまう状況を放置するのなら、日本は名実ともに先進国ではなくなるだろう。日本ルーツ、日本生まれ、日本育ちで日本語を母国語とする日本人として、私は日本に最大限の「先進国の見栄」を望みたい。それは、心から誇れる「母国」への近道でもあるはずだ。

(フリーランスライター みわよしこ)