電話を切った後、もやもやとした気持ちが胸に残りました。
  「『落ち着いたら』とはどういう意味なんだろう」
  それはお父さまがお亡くなりになり、お葬式を終え、四十九日があけてからのことをおっしゃっているんだろうと思い至った時、私は居ても立ってもいられなくなりました。
  落ち着いてからだと間に合わない──。
  2週間という短い期間であっても、何かできることはないのだろうか。
  披露宴は難しいにしても、車いすを使ってお父さまが外出できるのであれば、挙式だけ行って花嫁姿を見ていただくこともできます。

  私は新婦にご提案させていただきました。
  「披露宴はできなくても、小さな挙式だけでも無理でしょうか」
  「ご提案くださる気持ちはすごく嬉しいです。ですが、父はもはやベッドから起き上がって移動することもできないんです。最近は意識さえ混濁してきているので……」
  そんなご体調なら挙式どころではないことはわかります。
  いったんは電話を切ったものの、それでも何かお役に立てないだろうかと焦る気持ちを拭いきれませんでした。
  病室から動けないなら、病室で結婚式を挙げることもできるのではないか。
  豪華な挙式でなくても、お父さまは花嫁姿の娘さんがベッド脇にいてくれるだけでどれほど嬉しく思われることでしょう。
  そんな思いが脳裏に浮かびましたが、当時、私は結婚式会場となるレストランに所属しているプランナーでした。
  ですから、その会場で行われる結婚式を手伝うことが会社から任された仕事です。会場の外で挙げる結婚式は業務外です。
  けれども、会場を飛び出せばお父さまに花嫁姿をお見せできる……。
  その思いに駆られ、社長に相談に行きました。
  「料金はいただけないと思います。ですが、仕事としてではなく、人としてこのお客さまのために何かしてあげたいんです」
  会社員として逸脱した行為。
  反対されるかもしれないと思っていましたが、その時の社長の言葉は今も忘れません。
  「やってみなさい。最高の結婚式をお父さんに見せてあげるように」