無駄を許容する姿勢

 バブルの判断で重要なことは、事業に実体があるかどうかである。スタートアップは実ビジネスをゼロから立ち上げるのであり、実体のない事業に投資をしているわけではない。

 確かに、1999年のインターネットブームに端を発した「ドットコムバブル」はバブルといえる。だが、これはウォールストリートからの急激な資金流入により引き起こされた側面が強い。

 “.com”を社名に付加しただけで株価が上昇したり、インターネット関連銘柄であるといわれるだけで株式市場に資金が大量に流れてきたりしたのだ。

 だが、右から左に動かして利益を得るマネーゲームは米金融街ウォールストリートの得意分野で、事業創造を目指すシリコンバレーの流儀ではないのだ。

 潤沢なベンチャー資金を集めたスタートアップの多くが淘汰されるのは、バブルではなく新事業の仮説が市場という実体経済で試された結果だ。生き残った一部の成功企業が全体のリターンを稼ぎ出す。それがシリコンバレー型の事業創造の仕組みとなっている。

 少数の成功企業が社会の富を押し上げ、雇用を生み、かつてのスタートアップが急成長して巨大企業になり、米国経済の成長をけん引している。

 逆説的であるが、現代の「メディチ家」が新しい才能に恵まれた若者に惜しげもなく投資し、「無駄を許容する」ことによって新しい経済が生まれたのである。

*「週刊ダイヤモンド」2018年2月3日号からの転載です