職務上の力関係を利用して、上司が部下に過剰な圧力をかけるパワーハラスメント。パワハラの相談件数が急増するなか、企業のコンプライアンス意識は高まりつつある。だがそれは一方で、副産物ももたらしている。「パワハラ過敏症」が職場に蔓延し、上司が部下を指導・管理することが難しくなっているのだ。そもそも「パワハラの境界線」はわかりづらい。日本の職場では、上司も部下も捉えどころのないパワハラの恐怖に怯え続けている。そんななか、厚生労働省のワーキング・グループが、パワハラの定義を発表した。今回の報告書で、パワハラの境界線は明確化されたのか。そして、日本の職場からパワハラを減らす効力はあるのだろうか。詳しく分析すると、日本企業がこれまで以上に熟慮しなければならない課題も浮かび上がってきた。(取材・文/プレスラボ・宮崎智之)

悪質行為が増える一方「パワハラ狩り」も
曖昧なパワハラの境界線に怯える職場

 日本の職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)の報道が後を絶たない。2011年末には九州の熊本市で、係長らが部下の男性に100万円以上の飲食費支払いや、笑いながらの正座を強要していたことが発覚した。事実なら、もはやパワハラどころか「犯罪行為」と言われてもおかしくない事例だ。

 そもそも、上下関係や組織の論理を重んじる「会社人間」が多かった日本社会には、「上司からの厳しい指導を乗り越え、一人前に成長する」という価値観があった。しかし、世の中で「パワハラ」という概念がクローズアップされるようになると、「どこまでが指導で、どこからがパワハラなのか」という境界線の曖昧さが問題視されるようになり、パワハラ防止への意識が高まった。

 一方で、こうした議論の盛り上がりが、職場のコミュニケーションを機能不全に陥らせているケースもある。パワハラを指摘されることを恐れた上司が部下を厳しく指導・管理しづらくなったり、部下が上司の指導に過剰反応して「パワハラ狩り」が起きたりするケースが顕在化しているのだ。

 熊本市のケースは明らかに行き過ぎだとしても、足もとでパワハラ報道が増えているのは、「パワハラ過敏症」が社会に蔓延しているせいもあるだろう。もちろん、パワハラは許されるものではない。しかし、日本の職場では、上司も部下も捉えどころのない「パワハラ」の恐怖に怯えている現状もあるのだ。