北朝鮮は中国と同様、政府当局者らはすべて党が作る「応答要領」を暗記している。

 金永南氏の場合も、2009年8月にクリントン米大統領と会談した際、「労働新聞の社説と全く同じ応答をした」(同行したストラウブ元米国務省朝鮮部長)ことで知られる。

 自由にモノが言えるのは、「白頭山血統」と呼ばれる最高指導者の直系血族しかいないのだ。

 文大統領との会談では、案の定、金与正は「(金正恩)国務委員長の意思を受けてやってきた」と切り出し、文大統領が早期に訪朝して南北首脳会談に応じるよう求める、金正恩の言葉を口頭で伝えた。

 金与正の派遣は、警備上の問題から金正恩がソウルに来られない以上、北朝鮮にとって韓国に対して切れる「最高のカード」(康仁徳元統一相)だ。口頭で伝えることも想定のうちだった。

 ここまで検証してみると、北朝鮮が金与正を派遣した狙いが浮かび上がる。

「最高のカード」で韓国に恩を売り、同時に南北関係の蜜月ぶりを日米など国際社会に印象づける思惑だが、ただ、南北関係を蜜月にしたいというのは北朝鮮の本音ではない。

 それを裏づけるように、会談でも、文大統領の訪朝を求めたものの、南北首脳会談の具体的な日時に触れることはなかった。会談後の昼食会で「早く平壌でお目にかかれたらうれしい」と、話した程度だ。

 また北朝鮮は韓国が提案してきた南北離散家族の再会事業や南北軍事当局者会談の開催などには依然、応じていない。

強硬な米国を意識し
韓国を「盾」にすべく接近

 金与正は、南北首脳会談を実現させるための具体策にも触れなかった。

 つまり韓国側が首脳会談の前提と考える核・ミサイル開発の放棄について何ら前向きな発言をすることはなかった。

 核・ミサイル開発問題での譲歩なしに、国際社会の制裁緩和はありえず、ひいては南北首脳会談の開催も現実のものとはならない。それは北朝鮮もわかっているはずだ。