英語メディアが伝える「JAPAN」なニュースをご紹介するこのコラム、今週は震災と原発についてです。震災と原発事故から1年を前にして、今週は震災や福島第一原発に関する記事が色々と出ていました。福島第一原発を訪れた記事。1年前、実はどうだったのかを改めて点検する記事。そして1年たって何が変わったのか、変わっていないかを点検する記事。「3/11」にかける思いは日本人だけのものではないと、改めて思い至りました。(gooニュース 加藤祐子)
過剰な反応か、賢明な慎重さか
今日2月22日、ニュージーランド・クライストチャーチの大地震から1年を迎えました。去年のこの日から3月11日までの間は、ニュージーランドでおきた犠牲に心を痛めながらも、まさか日本であんなことが起きると予想だにしない、英語でいうところの「blissful ignorance(知らずにいる幸せ、知らぬが仏)」状態で過ごした3週間弱だったのだと思います。
3月11日に向けて各国の関心が日本の震災や原発事故に戻ってきている様子は、ここ数日いきなり、原発や放射能に関する記事が目に付くようになってきたことから感じます。
たとえばAP通信など複数の米メディアは21日、福島第一原発から沖へ640キロ離れた太平洋上でも昨年6月、放射性セシウム137が検出されたという専門家の報告を取り上げています。米ユタ州ソルトレイクシティで開かれている海洋科学会議で、ウッズホール海洋研究所の研究者が報告したところによると、昨年6月に採取した海水の放射線量は事故前の1000倍に達していたが、それでも海洋生物や、魚介類を食べる人にとって危険とされるレベルのはるかに下だとのこと。
昨年6月の結果で、かつ「検出はされたが危険ではないという」ここ1年近く繰り返されてきている評価です。なのでAP記事は「日本の原発放射能が拡散、しかし心配無用」と見出しにとっています。ほかも、見出しに「心配しなくていい」と入れている記事が半数ですが、米誌『タイム』のようにAP記事を使いながらも、見出しは「Radiation Detected 400 Miles off Japan Coast(日本沖400マイルで放射能観測)」という「えっ?」と一瞬目を引く、いわゆる煽り系の表現になっている媒体もありました。
慎重なところとそうでないところのこの辺の差は、震災から1年たとうがたつまいが、今後もずっと変わらないのだろうなあと思います。
慎重かどうかという話でいうと(いま強引に話をつなげました)、原発事故後に原発から何キロ圏内の住民を避難させるかで、日本とアメリカの対応が大きく食い違いました。ご承知の通り日本政府は、20キロ圏内が避難しなくてはならない警戒区域、20~30キロが緊急時避難準備区域、30キロ超が計画的避難区域と定めました。もちろん放射性物質は同心円状に降らなかったので、この区切り方に問題アリだったのはすでに知られていますが、3月当時にこれがまず問題になった大きな理由は、アメリカが約80キロ(50マイル)圏内の自国民に避難勧告をしたからでした。
このあまりの違いに、アメリカは洋上の空母やスパイ衛星から独自情報を得ているからだとか無人偵察機で独自情報を得ているからだとか言われ、ともかく故に日本政府の言うことは信用できないとか、そういう大きな不信感を作るひとつのきっかけになったのが、米政府の80キロ避難勧告でした。
なぜそうなったか。それは米原子力規制委員会(NRC)が事故直後の混乱の中、情報が乏しく、日本政府の提供する情報は信用できないと疑い、1~3号機原子炉のメルトダウン(炉心溶融)を懸念し、かつ4号機の被害状況について実際より深刻に判断したためらしい、という報道が22日、米メディア各紙に並びました。米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』など複数機関が情報公開法を使ってNRC議事録や通話記録の公開を求めた結果、明らかになったとのこと。米政府が50マイル(約80キロ)以内に避難勧告を出した理由については、4号機使用済み核燃料プールの冷却水が完全蒸発して放射性物質が漏れ出ているとNRCの担当者が判断し、それをもって「同じ事態がアメリカで発生すれば50マイル以内に避難勧告」とボーチャードNRC事務局長が進言したからだと報道されています。
(報道によると、4号機使用済み燃料プールの状態については誤認だったとNRCは昨年6月の時点でも認めていますが、今回の資料公表にあたって、3つの原子炉から放出された放射性物質の量からして結果的に昨年3月の判断は実質的に正しかったと説明しているそうです)。
このNRC議事録については、日米報道の微妙な論調の違いが興味深いです。たとえばNHKが「米当局 メルトダウン想定して対応」と伝えたように、危機を最大限に想定して(結果的にはそうではなかった事態に対応して)避難圏を大きくとったアメリカを賢明だと評価することもできますが、米側ではたとえば『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、事故直後の混乱と情報不足の中でNRCが「日本の設定を大きく上回る範囲からの米国人の避難を命じて、世界を驚かせた。これが同盟国の日本に恐怖と混乱の種をまいた」と、やや否定的な論調で書いています。34年ぶりに原発新設を決めたアメリカにおいて、経済界寄りの経済紙なだけに……という見方もできますが、けれども米紙『ニューヨーク・タイムズ』も「米当局は最悪を想定して見事だった」ではなく、「事故直後の米側を覆っていた混乱の度合いが明らかになった」という論調です。
(ちなみに誤解のないように。「議事録をきちんととってあったからこそ後日こうして点検できるのであって、そもそも記録をとっていませんでしたではお話にならない」という日本政府批判は、まったくその通りだと思います)
米紙『ワシントン・ポスト』のスティーヴン・マフソン記者も、事故直後のNRCのやりとりから、事故直後のNRCがいかに危機感を抱きつつ、混乱していたかが明らかになったと記者ブログに書いています。また「50マイル」の決定については「今ではそれは誤認とされているが、当時は福島第一の使用済み燃料プールのひとつが干上がり、燃料プールの壁がある当局者の言葉を借りれば『崩れ落ち』て放射性物質を放出していると判断していた」ことが根拠だったと説明しています。
マフソン記者はさらに、NRCが東京電力の情報提供や日本メディアの報道に情勢把握を依存していた事故直後の数日間についてNRCの当局者が「沈黙の海の中で死にそうだ」と自分たちの状態を描写していたことや、ヤツコ委員長が後にこの時期について「いうなれば戦争の霧(fog of war)のようなもの」と語っていることも紹介しています。「fog of war」とはそもそもは戦争や戦闘の大混乱の中で情報が錯綜し五里霧中状態に陥ることを意味する慣用句で、戦争以外の混乱状態についても使います。
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